第17章 員数外の子ども

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第17章 員数外の子ども

「…何で。出かけないでずっと部屋にいたの?昼間」 夕方近くなってようやく戻ってきた高橋くんが、わたしにその日一日どうやって過ごしたかを確認してからの開口一番がこれ。 その言い草があまりにも、神崎さんと二人で冗談混じりに言い合ってた予想そのもの過ぎて。わたしたちは目が合わないようお互いの顔を曖昧に逸らして、一瞬だけ笑いを堪えてしまった。 「何なに?二人してにやにやして」 鞄を降ろして興味津々、とばかりに神崎さんとわたしを交互に見較べて食い下がる高橋くん。肩をすくめてとりあえず適当にごまかす神崎さんに対し、わたしの方はといえば初めて目の当たりにした高橋くんのいかにも物珍しい濃紺のスーツ姿にちょっとぽうっとしてしまい、しばし次の言葉が出てこなかった。 「彼女が起きてきたのが結局昼過ぎだったし。まだ疲れが取りきれないみたいだったから、ここで今日は一日ゆっくりしててもらったんですよ。でも、夕食は一緒に作りました。パスタもサラダも純架ちゃんのお手製ですよ」 「ああ、わかる。これって向こうでも作ってくれたことあったよね、確か。俺が集落に行ったばかりの初期の頃に」 ひょい、とわたしが立ってるキッチンの方にやってきてフライパンを覗き込む。わたしは何でかいつになくどぎまぎしながら、その反応を何とか押し隠して表面上冷静さを保って答えた。 「あれってもうずいぶん前だよね。アスパラがまだ畑で獲れてた頃だったから…。向こうじゃ、ビニールとかかけて頑張ってもあんまり季節外れのものは作れなかったから。こっちではまだこんな時季にアスパラあるの?ってびっくりしちゃった」 「温室の性能もあるし、輸入物もあるからね。何でも年間通して手に入るから、季節感があまりにないのもまあ良し悪しだとは思うよ。でも懐かしいなぁ、これ俺すごい好き。ってあのとき言ったの覚えててくれたとか?それとも偶然か」 無邪気な声で付け足されて、神崎さんの視線を感じつつなるべく素っ気ない声で答える。 「良さそうな塊のベーコンが冷蔵庫にあったから。神崎さんに頼んで、アスパラあるならって買ってきてもらった。せっかくなら高橋くんが好きだってわかってるものがいいかなって。あのとき美味しいって言ってくれたけど、すぐにアスパラの季節終わっちゃって。結局あれきりだったから」 「うんうん、そうだった。懐かしいなぁ、あのときの料理も。純架んちのご飯、どれもいつも美味しかったよ」 この子はお母さんのお仕込みが良くてさ。家事全般何でも上手にこなすんだよ、と神崎さんに彼が説明してる声が耳に届いて面映い。キャベツを綺麗に洗った手で塩揉みするのに真剣に気を取られてる風に見せて、そのやり取りが聞こえてないふりをする。 わたしのリクエストのメインのステーキを担当してる神崎さんが、牛肉を叩いて塩胡椒しながら感心した口振りで話に加わった。 「そうなんだ。てか、野菜とか食材も集落じゃ何があって何を扱ったことがないか、こっちは正直わかんなかったからさ。純架ちゃんって、使ったことある食材かなり限られてるんじゃないのって思ってたら。結構幅広く何でもできそうで、びっくりしたよ。パンどうしますか、時間かかるから早めに粉捏ねときましょうか?って言われてえーってなったし」 「イースト買い置きないから…って言われてそれはやめたんだけど。考えてみたらパンは出来合いのものがいくらでもお手頃で手に入るんだもんね。つい習慣で言っちゃった」 米はどうしてたの、やっぱり飯盒とか鍋で炊くの?と神崎さんに無邪気に尋ねられて実は炊飯器はあるんですよ。と素直に答えるわたし。 「家電は意外とそこそこ手に入るんです。壊れると代わりがすぐ回ってくる、ってわけにいかないから大事に丁寧に使わないといけないけど。…それよりもこの、都市ガス?ガスレンジ台ってのが。わたしには新鮮。…いいよねぇ、火力強くて。カチカチってやるとちゃんと本物の火が出て。とっても便利」 そろそろパスタを茹でて具と絡めないと。と考え、水をなみなみと入れた鍋を火にかけてついうっとりと呟いてしまった。 「ガスはないんだ。そりゃそうか、確かに。やっぱり実際にその土地を見てないと、そういうのぴんと来ないよなぁ…」 「集落は電気なんだよ、基本的に何もかも。だからお湯も出るし各家庭で調理もできるけど。電熱器使用だからどうしても、火力がね…」 だから煮込みとか弱火でことことするものが得意だったよね、純架もお母さんも?と横からフォローしてくれる高橋くん。ちょっと懐かしいような、何とも言えない気持ちで頷くわたし。 「うん。だから炒飯とか、どうしてもぱらっとは仕上がらないの。ガスじゃないIHヒーターとかもこっちにはあるらしいけど、そういうのより多分集落の電熱器はずっと、火力弱いと思うから…」 高橋くんはとにかくまずそのスーツを着替えてきてよ、と彼を奥へと追いやり。わたしと神崎さんはその間に協力して何とか夕食を完成させた。 「買い物は結局、神崎さんにお願いしちゃったけど。買ってきてもらったもの見るとやっぱり、野菜もお肉も種類がすごい豊富そうだよね」
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