銀河鉄道江ノ島線の夜

1/8
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 潮崎 波雪(しおざき はゆき)は十年前、当時小学六年生だった息子を遺して三十二歳の若さにして急逝した。交通事故だった。  人は亡くなると星になるなんて、誰が最初に言い出して、そして伝えていったのか知らない夢物語。科学的根拠のないそれだが、実際その通りであったのだと波雪は自分が死んでみて知ることになった。  とはいえ、「星になって息子を見守っている」ということが出来るわけでないというのも同時に知った。人は星になるとそのままそこで眠りに落ちて、次の輪廻の時を待つ。そして無事に転生するとそれまで自分のいた星は空席になるので、同時期に死んだ誰かがまたそこにやって来て入れ替わるように眠りにつくのだった。  そして、年に一度のお盆の里帰り。自分の故郷へ向かう銀河鉄道地球行きに乗って、その時だけは自分の意識(たましい)を取り戻す。  波雪は年に一度だけでも息子の顔を見に行けることを楽しみにしていた。しかし、そこへ向かう途中、銀河鉄道江ノ島線に乗車中はなんとも面白くない気持ちに耐えていた。窓の外に見える宇宙。徐々に迫りくる美しく青き地球。そして、漆黒の海の中に浮かぶ江ノ島の夏の灯はダイヤモンドのように美しくても。  同じ列車に乗っている人々は、自分を除いて恋人同士ばかりなのだ。当然、辿り着いた先の江ノ島だって、これに乗っている人々がそこで下車するのだからさもありなん。  おまけに、自分達の姿が見えないのをいいことに……浜辺でも島内でも、ところかまわず人目もはばからず。誰もかれもが「やっちゃってる」のだ。現世のみんなにはないしょだよ~ってね。  湘南生まれの生きる伝説(アーティスト)がそういうのを是として歌い上げてきたから、この国生まれの死者界隈ではすっかり「これでいいのだ」という共通認識になっていた。実際、自分達のような死者同士は年に一度しか、愛しいあの人に再会出来ない。思い出深い故郷に帰ってきて、最愛の人が側にいて、それを我慢しなさいなんて。そんな傲慢な口出しを誰が出来るというのか? 波雪も思う存分したいようにしなさいよと思うし、だがしかし、彼女自身はそういった風潮に追従出来ない立場だった。  彼女が生前愛した男性は、諸般の事情により盆の里帰りでの再会は絶対に叶わないのだから……。  さて、銀河鉄道江ノ島線の終着駅となるのは、江ノ島の最奥稚児が淵である。夜間であれば暗闇に沈んで、足元が危険なので生者の来訪者も少ない。人目を気にする必要はない死者とはいえ、気兼ねなく下車出来るようにという配慮なのだろう。  波雪はごつごつした岩場を抜けて、細く長い階段を上がって実家を目指す。生者だった頃、この階段の上りには心身の負担を感じていた。この階段が難所だから、長らく江ノ島内に住んでいたって稚児が淵へ行った思い出はこれといって記憶にない。ゆえに彼女にとっては、死者になってからのこの十年間の方がよほど馴染みの深い場所となっていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!