美術館に出会いを求めるのは間違っているだろうか

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美術館に出会いを求めるのは間違っているだろうか

「美術館に暖房を求めたのは間違いだったと思うか?」  白い息とともに、斎藤北斗(さいとうほくと)先輩から愚痴とも弱音ともとれる問いかけが吐き出された。葛飾北斎以来の天才絵師を自称する自意識過剰美術部部長(ナルシスト)しぐさが通常運転の先輩にしては珍しい。芸術の爆発性を体現したかのような癖毛も今朝は心なしか(しな)びて見える。  ここぞとばかり「そうですねえ、大間違いでしたねえ、今回ばかりは先輩の推理も大ハズレ、何が『改築初日とはいえ展示が地味だから余裕で入れる』ですか。大混雑じゃあないですか!」と(なじ)ってやりたいところだが、そうもいかない。「そうだ、美術館へ行こう」と提案した先輩に、「その手があったか」と私も同調してしまったのだ。 「部室のエアコンが壊れ、手がかじかんで絵を描くどころではない状況下、なお部活動を成立させるために美術館での展覧会鑑賞に切り替えたのは良い判断でした。リニューアルオープン初日の美術館広報の本気を侮ったのは失敗でしたが、ここまでの混雑予測は、普通に無理ゲーですよ」 「だよなあ。パクリすれすれの宣伝文句がまさかSNSでバズってしまうなんてなあ」  主に二十代から三十代の女性によって形成された長々と続く入場待機列に埋もれる中、私は爪先立ちで、外観が一新された美術館の入場ゲートを確認し、溜め息をつく。まだまだ先は長い。 「ですよね。『巡間(めぐるま)市立美術館にはがある。』に釣られる不純な人たちのほうがどうかしてるとしか。美術館に出会いを求めるのは間違っています」 「エアコン目当ても来館理由としては不純な動機だけどな。俺が言うなって話だが」  私の名は上原双葉(うえはらふたば)。  斎藤北斗先輩(自意識過剰美術部部長)と寒風吹き荒ぶ冬休み初日の朝10時から、美術館の入り口前で一時間近く暖待(だんま)ちを強いられている薄幸の少女だ。
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