羨望と憎悪

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加奈子の母である牧瀬(まきせ)絵美子(えみこ)が殺害された事件の報告書だ。さすがにそれを加奈子の手の届くところには置かなかったが、表紙に書かれた事件名を見て、そこに何が記載されているのか、加奈子は察したはずだ。 「……嘘じゃないわ」 強張った表情で加奈子は言う。 「自分の子どもを殺して平気でいられる人間がいますか?少なくとも、あなたのお腹の中で育った子どもです。孤独で、不安で、救いを求めたくもなったでしょう。それなのに義理の父親であり、子どもの実の親でもある牧瀬(まきせ)啓介(けいすけ)は、あなたに対して簡単に“子供を殺せ”と言った。しかも堕胎費用を出すこともなく、まるで他人(ひと)事の様に対処して、妻の絵美子とは堂々と身体の関係を結び続けていた」 加奈子の目に涙が溢れだす。そのことに本人が気づいていたかは分からないが、涙をぬぐうこともなく、雫は静かに頬を伝い、机の上に落ちた。 「彩香に憎しみを抱いたのも、別の理由があったのでしょう?あなたは…地井(ちい)(まさる)を実の父親のように慕っていたのではないですか?慕っていた人が彩香を大切にするから、あなたは彩香を敵視した。そんな邪魔な存在がようやく病院を辞めて、地井勝が自分だけのものになったと思っていたのに、彼は事件を起こして自ら命を絶った。しかも…彩香の目の前で……。あなたは相当ショックを受けたはずです」
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