羨望と憎悪

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「ああ…あながち…間違いでもないのかな?私は母親を反面教師にして、年上の男性を選ぼうとしていたのかな?」 そう呟く加奈子は、絶望と直面したような表情をしていた。 実母の絵美子と義父の啓介は、親子ほど歳の離れた夫婦だった。啓介の方が年下で、絵美子の方が年上。二人が結婚してひとつ屋根の下で暮らすようになった時、加奈子は啓介の年齢が絵美子より自分との方が近いことに気付いていた。 それでも母が選んだ相手。それに、まだ幼かった加奈子は、“年齢など関係ない”と、思い込もうとしていた。啓介(あの男)の魂胆になど気付くこともなく……。 「折原は…日記になんて書いてたの?みんなと同じように、私が地井先生を好きだって?」 加奈子が訊くと、野本は「違いますよ」と答えた。 「彩香は色恋には全く興味がなく、(うと)い方でしたから…あの当時、そんな事実があったとしても、日記には書かなかったでしょう。でも…あなたが地井勝を父親として慕っているのではないか…と、そう勘ぐってはいたようです。そして地井が彩香(自分)に向ける期待によって、あなたが我を失っていく姿を見ていられなかったようです。クリニックを早々に辞めたのは、あなたの心を安定させ、心の内に隠した危険な性格を表に出さないようにするためだったんですよ」 それを聞いた加奈子は、目を大きく見開いた。 「き…気付いてた……?私の…過去に……?」 野本はその言葉を訂正することなく、動揺する加奈子を黙って見ていた。 彩香が気づいていたのは加奈子が人を殺したという過去ではない。加奈子の中に閉じ込めていた歪んだ性質のことだ。おそらく加奈子もその事には気づいているが、動揺で支離滅裂(しりめつれつ)な言葉を発しているのだろう。
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