狡いよ、意気地なし

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 打ち付ける波の音が、ざぷんざぷんと脳を揺らす──。  囚われていた幻惑から逃げるように、ゆっくりと瞼を持ち上げる。夕陽に照らされたお前が、柔らかく微笑んだ。妖艶に、それでいてあどけない。 「ねぇ、来年も来ようね」  それだけ言って、おもむろにサンダルを脱ぎ捨てた。立ち上がってズボンの裾を捲り上げる。そして、朱色に染まった波を踏み荒らしに駆け出す。  日陰で見ている俺の元に戻ってきて、強引に手を引く。 「もう! おいでよ!」  俺は、重い腰を上げた。すると、サンダルを脱ぐ間も与えられず、波打ち際まで猛ダッシュする。 「待てって! 帰りの電車どうすんだよ!?」 「え〜? 別にいいじゃん」  笑って投げられる軽口に、少し苛立つ。けれど、俺の胸に顔を埋め、額を胸に擦りつけてくるのを拒めない。そして、裾を摘まんで顔を伏せた瞬間、お前の(うなじ)に見蕩れた。  ゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げる。夕陽に照らされているからではない。頬を赤く染め、もごもごと唇を動かす。 「じゃぁさ、乾くまで帰んなきゃいいでしょ?」 「帰んないでどうすんの?」 「どう····したい?」  お得意の狡い聞き返し。そうやって、いつも俺を惑わせる。俺は、羽織っていた薄手の上着を羽織らせ、柔らかく抱き締めた。 「帰るよ」 「······意気地なし」 「いいよ、意気地なしで。····ごめんな」  俺達は、ガラガラの電車に乗り込み、誰も居ない間だけ手を繋いだ。  地元に着くと、俺たちは兄弟に戻る。 「あーあ。帰ってきちゃった〜。意気地なしの所為だからね」  愛らしく唇を尖らせる。この、勝手気儘で口の減らないチビは恋人の蒼弥(そうや)。3つ歳の離れた弟だ。
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