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たとえ誰かを傷つけたとしても
来週宜しくね。
親友の涼ちゃんから来たメールに、分かったと返信する私の心は罪悪感に塗れている。
相談があるんだ。
涼ちゃんの旦那さんから来たメールに、分かったと返信する時も同じ気持ちになっている。
だとしても、拒否する事は出来なくて。
痛む良心に目を瞑る。
醜悪な欲望に染まってしまった私を止める者は誰もいない。
私ですら、それを放棄してしている。
涼ちゃんは不倫していた。
私という隠れ蓑を用意して。
涼ちゃんの旦那さんは涼ちゃんの不貞を疑っていた。
私という相談相手に苦悩を吐露しながら。
どちらにも私は嘘をついている。
私は不倫は否定派だ。
けれど、考えの違う人だっているだろう。
一般的に褒められたことじゃないので嗜めはするけれど、やめない涼ちゃんにいつしか何も言わなくなっていた。
私は涼ちゃんの旦那さんが好きだ。
最初は何とも思ってなかったけれど、何度も相談を受けているうちに、彼が涼ちゃんに向ける深い想いを知って、一途で誠実だな、こんな風に愛されたいな、と気付けば恋に落ちていた。
どちらにも私は嘘をついている。
不倫の片棒を担ぐような真似をするのは、親友の秘密を守ってあげたいからじゃなく、涼ちゃんの旦那さんとの時間が欲しいから。
相談を受けるのは、涼ちゃんの秘密がバレないようにする為じゃなく、少しでも会いたい気持ちと、寄り添い親身に励ますことで私の良さを分かって欲しいから。
浅ましい本心は心の奥にねじ込む。
表面に嘘の武装を張り付かせて。
でも、そんな武装も重ねていけばいつか限界がやってくる。剥がれ落ちてくる。
ねぇ、涼ちゃん。
大事にしないなら早く別れてよ。
不倫するくらいなら彼を解放してよ。
取り繕ったことなどせずに。
ありのままの姿を曝け出してよ。
ねぇ、涼ちゃんの旦那さん。
貴方の危惧は当たっているんだよ。
疑惑を持つのにそれでも涼ちゃんがいいの?
信じてるじゃなく信じたいと切望してしまうのに、それでも涼ちゃんを愛しているの?
ねぇ、2人とも。
私は昔みたいに純粋な気持ちで向き合えない。
結婚しながら遊ぶ涼ちゃんに失望している。
悩むだけで、私の慰めの言葉に縋ろうと足掻く涼ちゃんの旦那さんに失望している。
けれど。
一番は自分自身に失望していた。
親友の過ちに加担することや、よりにもよって親友の旦那さんに恋心を抱いたことを。
こんな私が涼ちゃんを責めることは出来ない。
不倫はやめな、なんて言えなくなった。
だって心の中は涼ちゃんと同じく、過ちを肯定したくなっているから。
涼ちゃんから旦那さんを奪いたい、欲しい、なんて事を思っている。
心の天秤がぐらぐら揺れていた。
失望しても涼ちゃんを大事に思う気持ちに嘘はない。
積み重ねて来た思い出が、記憶が、あまりにもあり過ぎて。
嫌いになんてなれなかった。
あの楽しかった日々は本物で、間違いなんかじゃないけれど。
涼ちゃんの秘密を暴露したい。
2人の仲を引き裂きたい。
傾いては、私を信用している涼ちゃんを裏切る踏ん切りがつかない。
涼ちゃんの旦那さんが欲しいのに。
仲が壊れてしまえ、と思っているのに。
彼に会えば会ったで、やはり心の中の天秤が忙しなく動き出す。
涼ちゃんは不倫なんてしてないよ。
考え過ぎだよ。
でもそんな心配するくらい涼ちゃんって魅力的だから、貴方の気持ちも分かるよ。
分かるけど、結婚したのは、涼ちゃんが選んだのは貴方なんだから。
ドンと構えてたらいいと思うよ。
彼の杞憂を取り払う言葉とは真逆の事を考えている。怨嗟の雄叫びが漏れそうになる。
この心の本音が彼に聞こえればいい。
聞かせたくないから言えないのに、優しい嘘で彼を騙しつつ、辛い現実を突き付けようと暴れ出す恋心は日に日に大きくなるばかりだった。
私が必死で心の天秤の調整をしていることを、2人は知らない。
その天秤の片方が今にも重さを増して地を突き破りそうなことも、2人は知らなかった。
ねぇ、誰か教えてよ。
私は現状をやり過ごすべきの?
我慢して、耐えて、真実を厳重な檻の中に囲って心の奥深くに住まわせていればいいの?
それとも、そんな方法があればだが、傾く天秤をそのままに、2人を傷付けないように全てを知らしめればいいのだろうか。
答えが出せないから人に答えを求めてしまう。
ズルい考えだ。
そうする事で自制を保とうとしているけれど、心の時限爆弾はもうすぐ破裂しそうになっている。
私は理性的でありたい。
誰かが悪いことをしてるからと言って、じゃあ私も、なんて右に倣うことはしたくない。
したくないけれど。
最近は、そのタガが外れそうになっている。
たとえ誰かを傷つけたとしても、自分の想いを貫きたくなっていた。
信頼を手放す勇気も、誘惑する勇気も、またその全てを捨て去る勇気もないくせに。
受け止める覚悟もないくせに。
今現在、浮気や不倫をしている、または実行に移さないだけで私と同じ気持ちを抱えている皆さんに質問です。
貴方は、その覚悟が持てるでしょうか。
今まで築き上げたもの壊す覚悟や、壊した先に待っている結末を背負う覚悟を。
当事者はバレなきゃいい。
上手く隠しているから大丈夫。
と思うかもしれませんが、そう思っているのは自分だけです。
私のように本心や本音を隠して、いつか牙を向けるかもしれない存在が傍にいるかもしれません。
それどころか、自分と罪を共有している浮気相手や不倫相手が、そうならない保証などどこにもないのです。
思い悩んで踏みとどまっている人も、いつかその想いが膨らんで、張り裂けて、暴発しない可能性がないとは言い切れません。
現に私が、味方だった親友である涼ちゃんの幸せを、涼ちゃんの旦那さんの涼ちゃんに向ける深い愛を壊しそうになっている。
人は誰しも、悪いことをしたいわけではありません。裏切りたいわけでもありません。
産まれながらのサイコパスか、人の皮を被った悪魔か何かでない限り。
爆発的に燃え上がる感情が理性を上回る。
抑え難い衝動によって。
何の覚悟も構えもなくその感情に従い、結果、自らの幸せを潰し破滅するのです。
破滅しなくとも、誰かを傷つけた、という事実は残ります。
命は取らなくとも、誰かの心を踏み躙り痛め付けた、という真実も残るのです。
それでもいい。
批判も罵倒も受け入れる。
たとえ誰かを傷つけたとしても後悔はしない、というならば感情のまま突っ走ればいい。
ただ私はまだ、その覚悟が持てません。
持てないのに、突っ走しろうと逸る気持ちに無理やり蓋をかぶせている状況です。
人は迷うし惑うもの。
いつ落ちるかも分からぬ綱渡り。
いつ溢れ出るかも分からぬ感情に怯えて、怯えながらも濁流に呑まれる時を待っている。
たとえ誰かを傷つけたとしても。
たとえ自分が傷つくと分かっていても。
それが感情であり本能なのかもしれません。
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