第三問

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「ねぇねぇ直人」 「ん?」 「私さ、前に海外旅行行きたいって言ってたじゃん?」 「ああ、そんな話してたなぁ」 「今度の休暇にさ、有給も取って十日間ぐらい行こうよ」 「はあ? なに言ってんだよ、そんなの無理だろ。仕事も立て込んでるのに。前も結局無理だってことになったじゃん」 「ふーん、そっか。そうなんだ」  彼女は直人をジッと見た。その目は眼光が鋭く、相手を威圧してくる。 「な、なんだよ」  情けない声が出てしまう直人に対して、恋人の紗良はニヤッと笑う。 「いいんだけどね別に。いいんだけどさ、私は。でも、本当にそれでいいのかなって」 「な、なにが?」 「泥まみれにはなりたくないでしょ?」  背筋がゾクッとした。紗良は知っているんだと直感でわかった。金髪の後輩とのことを。自分の唾を飲み込む音が大きく響いてきて、唇が微かに震えた。 「……いや、な、なんだよそれ」 「泥まみれ、いやだもんね。顔にも服にも全部、泥が付いてさ。いやだよね?」  彼女の目を見られない。視線を外した直人は、紗良に従うようにスマホを操作する。 「あー、そうだ、海外旅行行こう! 来月、行こう。ここんとこずっと働き詰めだったし。海外だろ? ヨーロッパだっけ行きたいって言ってたの。行こう行こう」 「ほんとに? やったー、ありがとう」  直人の言葉に紗良は表情を変えて喜んでいる。子どものように無邪気に。 「直人、約束だよ。ゆびきりだよ。破ったらどうなるか……」  彼女の目は笑ってはいない。彼はぎこちない頷きをするしかなかった。 「絶対に離さないからね。一生、そばにいるから」  彼女の嬉しそうな顔が直人の胸の中に収まる。逃げられない、彼はそう思った。
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