田舎町の旅行会社

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動くたびに、異常な音を立てる古いコピー機から刷り上がったチラシの山。 それを手にとって、改めてため息が出た。 「なあ。やっぱりこれ、ダサくないか?」 思わず文句が出てしまったのは、社長の好みによって自分の案が不採用になったからではない。 この旅行会社に入社して、三年。 中途採用で入ったから、キャリアはある。 大手会社で馬車馬のように働いていた過酷な環境に比べたら、個人経営の小さな旅行会社は、ゆったりとした時間が流れていて、体を壊す心配もない。 けれど、旅行プランの規模も、広告のセンスも、大手には遠く及ばない。 刷り上がったばかりのチラシには、『そうだ!沖縄へ行こう!』とデカい文字で書いてある。 バックにはフリー素材の海の写真。 「コレ、沖縄の海じゃないだろ」 オレがいくらツッコミを入れても、同僚のテツはへらへらと笑っている。 「いんじゃねーの? だってオバちゃんたちの慰安旅行だしさ」 「このキャッチコピー、パクリじゃん」 「え? そうなんだ?」 きょとんとした顔でオレを見つめるテツ。 この田舎町から外で出たことがない奴は、見るからに頭より体で勝負するタイプ。 いや、だからと言って、あんな有名なキャッチコピーを知らないとか、旅行会社の社員としてどうなんだ。 「べつにパクリでもいいんじゃねーの?」 「……そうだな」 反論しようが文句を言おうが、このダサいチラシを作り直すのは、もう無理だ。 だいいち、予算がない。 そして、二代目のボンボン社長は、コレのデザインで満足しているのだから。 「いやー、でもほんと、タクミがうちに来てくれてよかったぜ」 テツが嬉しそうにオレの肩をたたく。 「なんで?」 「うちの会社でこんな仕事できんの、お前だけだし」 「はぁ」 従業員が三人しかいないのにそこそこやっていけてるのは、この田舎町に一件しかない旅行会社だからだ。 お客さんは、みんな顔見知り。 営業も経理もなぁなぁでやってる、テキトーな会社。 あくせく働かなくてもいいのはありがたいが、ヒマなときはやることがなくて、気が抜ける。 こんな会社に就職する羽目になったのも、親の具合が悪くなって、様子を見るために戻ってきたせいだ。 「なあ、タクミ」 「なんだよ」 ダサいチラシを眺めながら返事をすると、テツがにかっと笑って、チラシを指さした。 「次はさ、『そうだ、北海道に行こう!』とかいいんじゃね?」 「何のひねりもねぇな」 「ええ~よくねぇ?」 「どこが? だいたい、北海道行くプランなんて無理だろ。飛行機乗り換えんだぞ」 「直行便は?」 「そんな金があるとでも?」 「そーいうもん?」 目をぱちくりさせながら、間抜け面のテツは不思議そうにオレを見る。 オレはわざとらしくため息をついて、チラシをテーブルにおいた。 「お前の案は却下」 「マジか~」 残念な顔で肩を落とすテツ。 本気で言ってるところが、バカだなと思うが、キライにはなれない。 アホみたいな会話ができるくらい、平和でゆるい職場は、案外気に入っているのだ。 決して、テツには言わないけど。 「じゃ、新しいプラン考えるぞ」 「おう!」 オレの言葉に、パッと顔をあげるテツは、もうすっかり笑顔だ。 能天気なやつ……。 そう思いながら、自然と口元が緩んでしまう。 何だかんだ言いながら、ここに馴染んでしまっているなと自覚する。 小さな事務所、古びたコピー機、ダサいチラシ。 どこを見ても、田舎の小さな旅行会社。表の看板だって、傾いたまま直っていない。 けれど。 かつての、分刻みのスケジュール、ライバルしかいない職場に、重責だけを押しつけられてきた日々。 あの頃に比べたら、田舎町の旅行会社は、悪くない居場所だった。
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