オカルト配信開始

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 オカルト配信開始

「えー、毎度おなじみ、『源さんの怪凸部屋』です。このご時世ね、俺はね、コンプラ的に色々ポリのコレ棒とかでタコ殴りにされそうなんですが、自分のポリシー的に女性YotuberさんとのコラボNGなんですよ。ぶっちゃけ女がワーキャーいうの苦手なんで。でも今回は例外的に、本当に例外的に、ということでご一緒に配信させていただいてます。なので女性の悲鳴とか足手まといとかキャッキャが苦手な人はブラウザバックお願いします。では今回のゲストは、こちら」  SEが入るであろうタイミングを測って、美礼は源太のふてぶてしい名乗りを遮って大声で元気はつらつと挨拶をした。 「どもどもーっ!!はじめましての人ははじめまして!いつものリスナーさんは今回もサンキュ!『みれぃ☆の勘違いしちゃってもええやんちゃんねる!』の『お友達系インフルエンサー』みれぃ☆ちゃんですっ!滅茶苦茶うるさいとか足手まといとかボロクソ言われてるけど正直こっちもカッチン来てるんだが!?画面にこんな超きゃわなみれぃちゃんが写ることを感謝して欲しいわ!」 「ということで、このクソうるささです。セミもクッソうるさい中でこのみれぃさんもうるさいですが、今回もよろしくお願いします」  ピロン、と録画が終わる音が響き、「っはー……」と源太はスマホをだらりと降ろした。撮影用の、カメラが最新鋭のスマホだ。頑丈な防水ケースに入れ、首からがっちりと下げている。ニコチンが入っているのかいないのか、電子タバコのようなものを屋外であるのをいいことに源太は吹かす。 「ちょっとさあぁ、うるさいうるさいって言い過ぎなんだけど。足手まといは百歩譲って許すけど、あたしだって静かにするとこは静かにするし、怖がるとこはちゃんと怖がるから。『ヤラセ』の演技ぐらいできるんだから、舐めないでくれる?」  源太が電子タバコの電源を切って、無理やりケースにねじ込んで舌打ちする。ギロ、と鋭い一重で美礼を睨みつけた。 「『ヤラセ』?『ヤラセ』なんて俺はいっぺんもやってねぇよ。スカを引こうが当たりが出ようがいつも俺は現地凸をし続けてるだけだ。俺のチャンネル見て『ヤラセ』だと思ったんかよ。コラボ相手のチャンネルも見てないとかプロ意識自体マジ……」  クスクス、と源太に笑われて、美礼は頭にかっと血が上るのを感じた。何故かこの男の笑いは癪に障る。狐目を細めて、夏なのに厚い九尾柄のスカジャンの袖で口元を隠して声を上げず笑う。語尾を濁し、「プロ意識自体マジない」ともはっきりとは言わない。その厭らしさ。  確かに、源太の現地凸チャンネルは見た。個人で凸して、 「確かに伝説もありますし、恐ろしい場所ですが……現地の方もこの通りおいでますから荒らすのは辞めてくださいね」 「今回足音がした気がしましたが、単なる建物の老朽化かあるいは……皆さんの想像にお任せするということで……」 「うーん、僕は特に寒気は感じませんが、人によっては感じるかもしれませんね……前ここを利用してた人達の置き土産とかがね、残ってるからこれが視覚的に影響をもたらして……」  と、冷静に淡々とコメントをする。無人の建物であるはずなのに激しい足音や物音が録音されていたり、カメラに異物が写り込んでいたりするのに、病的ともいえるほどに源太は動じない。当たり障りのないコメントをして、その土地に自分のリスナーが凸をしないように必ず釘を刺す。  ホラーチャンネルというのは大体悲鳴等のリアクション芸が売りになるはずだ。しかし、源太の現地凸チャンネルは事前調査も丁寧で、寧ろ経済系や時事問題系の「調査報告書を読んでみた」企画に冷静さが近い、と美礼は思った。ホラーチャンネルに求めるオーバーリアクションやアクシデントはないが、その分源太の文化人類学?歴史学?何なのだろうか、人文学系の知識解説が凄まじい。そして説明が上手い。 (すご……放送大学見てるみたい……)  のめり込むようにチャンネルを見てしまった、そのため目にクマを作ってしまった日もあった。それを思い出しながら、ずんずんと町の中心の方に歩いていく源太を追いかけて小走りになった。 「ちょっと、置いてくんじゃねーよ!女嫌いとか知らんし!企画成立しないと困るのはお互いなんだから、ちゃんとしろ!!」 「うるせー、何も知らねえくせに口出しすんな。ちょっとはあんたも自分なりにリスナーにインタビューしたらしいが、全然足りてねーな。というか、偏り過ぎだ。寧ろあんたはつまづいてる」 「ハァ!?あのカカオトークでなにがつまづいて……」 「『犬神』がどういう存在か、『地元民の迷信』つうエコーチェンバーの中でじっくり熟成された『デマ』も甚だしい思い込みをクソマヌケに信じて発信しちまってんじゃねーか。何が『因習』だよ。宿についたら見てろよ。俺が解説入れるから」  源太が何かに怒っている。苛立っている。それはうっすらと感じられた。「エコーチェンバー」というのが何かはわからないが、確かに言われてみれば「ゆうこす」という「地元民」というだけで「犬神」という存在のイメージを膨らませて 「それじゃあ、『犬神のいる因習村』、行ってきます!!お楽しみに!」  と、軽率に広報してしまった。源太はきっとで見ようとしているだろうに。 「……っ」  言葉が継げず、美礼は流石に口をつぐんで俯いた。脚は何とか忙しなく動かし、源太を追っているが心はじわじわと後悔に苛まれていた。その頭に、源太がわしっ、とホワイトベージュの登山用帽子をかぶせる。セットしていた栗色のウェーブヘアが乱れた。 「……何すんのっ」 「やっちまったもんは仕方ねえ。最悪コラボを終えてから謝罪動画出したっていいんだ。今はこれから取り返す事考えろ。こっからはぞ。」  ――因習なんて、ぶっ壊してやる――  源太と美礼の目の前には、いつしか2人にあてがわれた宿泊用の古民家が現れている。その前に、町長と町広報部長の名札を付けた老人と中年の男性がニコニコと笑って立っていた。一見すると「人のいい田舎の老人」に見えるが、その笑顔はどこか薄っぺらで、来るもの拒まずの貪欲な「見世物小屋の主人」にも美礼には見えた。 (あたしは黙ってた方がいい。源太に交渉を任せよう)  本能的に、素直にそう思えた。場数が、きっと違う。こんな腹の探り合いのような場面でも、きっと彼は上手くやるはずだ。 「これはこれは、よくぞ熊井町においでました。私は町長の熊井正孝と申します。このような寒村なものですから、もはや選挙ではなく代々世襲でして……恥ずかしながら、現在は私が務めさせていただき……しかしこんな老人なもんで、インターネットやパソコンにはとんと疎い。なのでえーっと、なんだったかいね、これ、孝也、何や?あの……」  恰幅のよい好好爺は、隣に立った痩身の中年男性を小突いた。ポロシャツの中年男性は苦笑して、 「親父、あ、いや、町長、Yotubeですよ。エス・エヌ・エス。動画サイトです。このお2人が、動画で我が町を企画でプロモーション……広報してくださるんです。企画は『怖い話』ですけど……あ、申し遅れました、私、熊井町広報部長、熊井孝也と申します。町長は実父でして……インターネット回線やWi-Fi、宿泊所等については私が担当いたしますので、よろしくお願いいたします」  と、源太と美礼に深々と頭を下げた。町、しかし規模は実質村。役場にはがっつりと親族が入り込んで一族運営。なるほど、「内側の目」しかないのも、「ゆうこす」が出て行きたがったのも頷ける。 「どうも、僕は今回の企画のメインチャンネル担当となります、後藤源太と申します。主に山に入らせていただいたり、もしよろしければ町民の方にインタビューなどをさせていただくこともあるかと存じます。隣の女性はまあアシスタントというか、画面の華程度と思ってください。能代美礼といいます」  言い返したかったが、ぐうの音も出なかった。源太は淡々と続ける。 「前述の通り、山に分け入ったり町民の方にインタビューさせていただくこともあるかと存じます。また、夜間の行動も企画書には入っているかと存じます。よろしいでしょうか?また、町側として『絶対にしてはいけないこと』はありますか?事前に確認しておきたく……」  また、語尾を濁す癖だ。敬意すら濁しているような不遜な癖。孝也は父親とヒソヒソと何かを話し合っていたが、少しして再び笑顔を作って向き直った。 「まあ、夏山ですので害虫・害獣や遭難に気を付けていただくのと……まあ、ちょっと変な声とかしても驚いたり、近づいたりしないでください、ってことですね。大体鶏小屋なんですけど、都会の人はああいう鳴声に慣れてなくって、『人が入ってる!』とかたまげゆうみたいで……」 「なるほど、至極全うなご意見です。承知しました。では、こちらの古民家は有難く使用させていただきます。撮影期間は一週間。よろしくお願い申し上げます」 「いえいえ、こちらこそ!『じゃぱにーず・ほらー』の波に乗って、我が町の町おこしになれば何よりです!!よろしうお願いしますよ!!」  源太は薄笑いを浮かべながら、破顔一笑している町長とがっしりと握手をした。  門柱の影から町長親子が車で去っていくのを確認してから、源太と美礼は古民家の中に入った。一応この古民家は、地域おこし協力隊のために貸し出されていたそうで空調や防音もまだ生きていた。ただ、どうもこの土地には地域おこし協力隊が居つかない。地域おこし協力隊として入った人々のSNSを確認しても理由を述べず、ただ 「この土地ではやっていけないと判断し、転居を決意しました」 「ここではもうつらくてやっていけません」  と、何らかの苦悩を文字で示唆するのみだった。そのため、インターネットではこの町は 「地域おこし協力隊をいじめて追い出しているのではないか」 「地域おこし協力隊は『因習』を見て呪われてしまったのでは?」  とあらぬ憶測が立っていた。  しかし、もう美礼はもうその声を笑えない。こんなに閉鎖的とは思わなかった。ぼうっとして、被せられた帽子を脱いで結髪を解く。昔ながらのオーバルの壁掛け鏡に、すっかり疲れ果てた自分の顔が映っていた。 『いつまで都会で疲れるの?』  などというキャッチコピーがあったが、都会の方が「ウチとソト」だの「しがらみ」がないぶんよっぽど楽だ。この土地に来て僅か数時間で美礼は痛感した。 「……こんなことしてる場合じゃないな、チャンネル更新……」  「古民家に入ったら撮影」と台本にはあったはず。町の様子は源太が解説するだろうから、自分は古民家の内装についてコメントを述べて行こう――と思い、髪型を整え与えられたwi-fiに繋げようとした。その手ごと、源太の大きな手が被さるように鷲掴みにした。 「やめろ。借りもんのwi-fiはやめとけ」 「はっ……!?」  力づくでスマホを奪われ、据え付けのwi-fiは削除される。代わりに、源太が持ち込んだ個人wi-fiにパスワードを教えられ接続させられた。 「いいか、絶対こっちに接続しろよ。据え付けの方は絶対に使うな」 「何でよ。せっかく向こうが準備してくれたのに……」 「だよ。通信の内容を解析されたらどうする。通信の秘密の保護ってのは憲法で保障されるが、実質ここは『犬鳴村』だ。あんたも『因習村』とかってさんざん騒いでただろ。『コノ先日本国憲法通用セズ』だぜ。全部を疑ってかかれ。ここは陸の孤島だ。ここだって安全じゃない。こいつを持っとけ。個人行動は構わねえが、絶対に肌身離すな」  ぽいっ、と投げつけられた小さなパイプのようなものを美礼はキャッチした。黒地に英語で何かが書かれていて、何のスプレーなのかはわからない。 「なにこれ、防犯スプレー?」 「ああ。下手すりゃ失明するレベルのな。「ポリスマグナム」、クマ除けの名目でその特大サイズは持っとけるが、都会で持ち歩いてたら職質からの拘束もありうる劇物だ。輸入品だぜ。いいか、変な挙動をする奴は動物だろうと人間だろうと容赦なく使え。使い方は消火器と同じだ」 「大げさすぎない!?そんな、「ポリス」って警察御用達ってことじゃん!?そんなの、こんな田舎で……」  源太はギラリ、と一重の鋭い目で再び美礼を睨んだ。そして、上着を脱いで黒い半袖シャツになった。その上腕には、ざっくりと何かで切り付けられた傷が残っていた。 「これはK社仏の撮影に行ったとき、村のやべえ爺さんに鉈で切られた跡だ。あんたが女だから脱がないが、背中にはE神社の入らずの森に入った時たむろしてたチンピラどもにナイフで刺された傷が残ってる。田舎だろうがどこだろうが、やべー奴ってのはいるんだよ。幽霊、妖怪より身に迫って怖いのは人間だ」  お前は女だから、傷は残したくねえんだ。ぼそり、と源太は呟いた。美礼はそこで折れた。 「……しゃーないなぁ、持っといてやんよ!基本的に町は信用しないスタンスで、ってことね。OKOK、OK農場。でも、そんならこの部屋で収録するのもヤバくない?」  源太はニヒルに笑った。 「ああ、ヤバかったな。あんたが鏡をボケーっと見てる間に、俺が家中から盗聴器と盗撮カメラ掘り出す時間が無かったら危なかった」  バラバラバラ、と源太のポケットの中から、大小さまざまな粉砕された盗聴器が床に落ちた。美礼は完全に腰が抜けてしまって、ぺちゃん、とその場に座り込んだ。 「何で?」  それしか言えない。 「何でそんなもんが、あたしらに必要なの?何で監視なんかするの?」 「だから、『外の目で見られたら困る事』があるからだろ。『外の感性で言われたら困る事』があるからだろ。だから、もしタブーに踏み込んだら……ってんので監視してるんだろ。事故に見せかけて殺すのか、何か嫌疑をかけて法的に責務を負わせるのか……」  ヤバイヤバイヤバイ。本当に陸の孤島だ。何が「犬神」だ、そんなものよりよっぽどこの村が怖い。早く出ていきたい。こんな企画、危険すぎる企画。 「ね、ねえ、こんなヤバい企画やめようよ!おかしいよ!カメラで監視とか盗聴とかヤバイじゃん!因習じゃなくて犯罪じゃん!ねえ、警察とかじゃん!警察がもみ消すならもうほっといて逃げよ!?殺されるとか勘弁……」 「うるせえよ」  源太は再び、フレーバーを咥えて煙を吹いていた。 「町側もおいそれとは殺せねえだろ。事件が立て続けに起きてるんだからよ。あれは町がやったんじゃない。どっちも町にとって有益な人物の事故だからだ。だから町側も『犬神』をどうにかしたいはずだ。同時に、2回連続で失敗した『町おこし』企画をポシャらせたくねーはずだ。だから、俺らが外面だけでも『おとなしいYotuber』をやってりゃ殺しにこねーよ。それに、殺しでもしたら俺はともかくあんたも巻き添えだ。痛くない腹まで探られて、そのうち『本当の病巣』に辿り着かれることを連中は恐れるんじゃねえのかな」  そう言って、源太はにやりと笑ってスマホの録画を押した。 「どうもー、源さんとオマケです。さっそくK町に着きまして、この古民家を宿としてお借りすることになりました。まあ今までの野宿とかよりは幸いですね、布団もあるし風呂もあるし。多分雑草食う羽目にもならずに済むでしょ……」 「いっ、田舎ってどこもこうなんですかっ!?」  カメラに向けて喋っていた源太を押しのけて、美礼は半狂乱でカメラに向けて絶叫した。もう嫌だ、逃げたい。怖いよう。 「どこも田舎はこうなんですか!?信じらんない!!権力とか因習……」 「悪い、一遍切りまーす」  録画を停止して、源太は美礼の頬を叩いた。叩いたとはいっても、殴り倒すほど強くはなかったが。 「――ッ、もうやだよ、怖いよう……帰りたいよう……」  美礼は小刻みに震え泣いている。今まで自分の家でまったりと撮影していたのに、こんなことになるなんて。こんなことに巻き込まれるなんて!ずっと「普通」を、せめて「中の下」でもいいからやっていきたかったのに!  源太はそれ以上暴力を振るわなかった。その代わり、美礼の背後に回り、暴力的というよりも軽く小突くように何度か背中を叩いた。ポン、ポン、と叩かれるたび、体を支配していた寒気が絡んだパニックと震えが薄くなっていって、段々温かくなって安心して行く。 「袋小路に入っちまった以上仕方ねえ、腹決めろ。今の録音は没にする。あと、『どこも田舎はこうなのか?』ってのは違う。ほとんどの田舎はただの限界集落だ。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』だ。妖怪の正体は暗闇で恐怖が作り出す幻覚だ。『世の中には科学で証明できないこともある』とか言う奴もいるが、逆に言えばほとんどのことは証明できる。科学は日々進歩してる。だから怖がるな。俺が『解説』してやるから。そこ座っておとなしく聞いてろ。泣くな」 「あ……う、ん……」  体全体がぽかぽかと温かくなって、美礼は持ち込んだお気に入りのジェラートピケのタオルケットを抱き締めた。あんなに腹立たしかった源太が、今は頼もしくどっしりと構えて見える。ぼんやりと鼻を啜りながら、その場にへたり込んで、源太の録画作業を美礼は見つめていた。
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