6 描く未来

1/1
66人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

6 描く未来

 この店は犬連れに人気なのだろう。先にいた客とは別に、テラス席にまた大きな犬が横たわる。見てみれば、リードを留めておくための場所もある。ベージュ色の犬はべったりと耳を垂らし、顎を前足に乗せ、慣れたようにくつろいでいた。  目の前に座る大きな耳は、ピンと立ったままでいる。前もそうだったが、集中しているのだと分かる。獣人や一般動物に詳しくない僕でもそう感じられるのだから、きっとそうなのだろう。緊張が伝わってくるような気まずさ。  彼は僕の誘いに乗らず、パフェが注文されることはなかった。  ホテルのラウンジというものは、僕にとって居心地のいい場所ではない。今まで行くこともなかったのにお見合いだからそこ集合だなんて、無理がある。だからだろう、今この場所で彼を見ているのは苦ではなかった。寝そべる大型犬と目の前の獣人はどう違うのか、比べることは失礼だろう。けれどそんなことを思い、そして、両者とも同じく存在していられる場所だから許される気分になっている。ここには人も獣人も獣もいる。彼がここを選んだのもそういう理由だろうか。さすがに口に出して問うことはない。  騒がしくはなく、一生懸命話を繋げなければならない沈黙も感じない。アイスティーの氷が溶けてころりと回る。  しかし時間は有限なので、僕らはのんびりしているけれど話を進めなければならない。お見合いで3回も同じ人と会うということは、もう結婚に向けて一直線だと言ってもいい。既に2回目。だから次を作るのか否かはもう判断する時だ。  お見合いなのだし、よほど運がよくなければ一目惚れはない。積極的にこの人とお付き合いをしたいというのもなかなか難しい。現時点で僕には、彼に対するそんな想いは少しもない。それならば、3回目はお断りということになる。  時間は有限なので、素早く話を進め、素早く見切りをつけるのだ。 「このカフェにはよく来るんですか?」 「どんな生活を描いていますか?」  声にしたのは同時だった。当たり障りのない話を振ったのが僕で、今までのそれをすっ飛ばして突然直球で来たのが彼だ。被さってしまった言葉に彼はあわあわと戸惑い、すみませんと謝った。  混ざりあった言葉を離し、彼の言葉だけを抜き出して頭の中で繰り返す。  時間が無いので素早くというのは、僕らが共通して思っていることだな。 「僕は」  声を一段落とす。 「僕らは、よそ(・・)と比べて家族間の結びつきが弱いということになりますよね? それを負担に思わなければいいなと思いますよ。一生が僕らだけで完結しても構わないと思ってくれるのならいいと。子供という結びつきがなくとも、僕とあなたという別の人間がわざわざ共に生きていこうという意識を持てるような関係が望ましいです」  恋人の一人も作ってこなかったくせに突然そんな相手を望むのは高望みであると思う。でも高望みだからわざわざ金を払って結婚相談所なんかに来たのだ。長い二人旅に付き合ってくれる人を探しに来たのだ。  同性間の結婚制度が存在しないのに、それに準ずる人を欲している。国に監視されない自由があるのに、緩い縛りを欲している。 「あー、だから……僕のことを特別に思ってほしいってことですね」  同性だとしても異性だとしても、少し特別なところに僕を置いてほしい。美しく言えば尊重だが、簡単に言えばそうなのだ。秘密を唯一共有するような、特別だと思ってもらいたい。  夢を見すぎて気持ち悪い? 無理がある? この歳まで一人なんだ察してくれ。 「根底はそれで、生活はその上にあるものです」  彼は悩んでいる。と僕からは見える。先ほど飲まないといったコーヒーカップを手に取り口をつけ、ぎゅっと目を閉じている。やっぱり口に合わないようだ。 「コーヒーはあまり飲まないようですけど、食事はどうなんですか? 食べられないものはありますか」  何となく、口をついて出た。獣人の食生活は僕と違うのかという疑問だ。 「いえ、特には。食べられないとか飲めないってものは今のところないです」  無塩や減塩にすべきというのも特にないのか。もしあったら生活が大変そうだと思ったけれど、獣人は長いこと人間と共に生きているしそういう心配はないのかもしれない。 「好き嫌いがないのは良いことですね。料理はしますか? 僕は簡単なものしか作れません」 「しますよ。人に食べてもらったことはないですが」  ああ、これは、じゃあ僕に作ってくださいとか言うべきだろうか。だけども出会って二回目の奴にそんなこと言われるのって気持ち悪くないか。なんでお前のためにとか思うよな。いやでも積極性を発揮しないと他人と急速に仲良くなることはできないわけで、そう考えれば押して行くべきなんだろうけども。  テラスに伏せる犬は時折尻尾を揺らし、ぱたりと下ろす。何か意味はあるんだろうか。飼い主の様子を窺っているだけかな。そんなものを見ていたから、質問が来た。 「犬が――動物が好きですか」 「ええ。面倒を見れないので飼おうとは思ってませんけど」    自分の面倒も見れないのに他の生き物なんて――ん? 獣人は動物の範囲から外れていると思うけれど、今の質問的には外れていると思うけれど、自分以外の面倒を見れないという回答は結婚相手探しとしても致命的じゃないか? 一つ所に暮らすことになるとしたら、そうだよなぁ。"婚活"そのものが僕には向いていないのでは。こうして行動してみなければそれも分からなかったから、金は掛かったが一つの成果か。 「どんなところが好きですか?」 「……可愛いところ?」  まず見た目が可愛い。あそこでのんびりしている犬のさまも、ぱっと思い浮かんだ猫の手も、可愛いじゃないか。ちろちろと舌を出すミニ蛇の動画も見たことがある。大きな目が可愛らしかった。手のひらで包まれるように眠るハムスターもいい。けれど夜中の大運動会なんか開催されて睡眠の邪魔をされたくないので、やはり飼うには至らない。 「飼い主のことが大好きでくっついて離れなかったり、追いかけまわしたりとかしますよね」 「帰宅時に玄関までお迎えにきてくれるのは可愛いですよねぇ」 「一緒のベッドで眠ったりとか」 「人間の生活に合わせてくれるのも愛されてる感じしますよね」  人間が寝るのを察知して先にベッドに潜り込んで待っている動画も見たことがある。あれは飼い主ののろけだ。 「おれもそんな感じなんですけど……」  ばつが悪そうな顔をして彼は言った。獣人とペットの動物たちが似たようなものだと言うのか。 「家に帰れば迎えてくれて、ご飯を食べて散歩して、一緒のベッドで眠るんですね?」 「そうです」  ペットは家族の一員だとよく言うから、そこに動物も人間もないだろう。その間と言われる獣人だって同じこと。 「いいんじゃないですか?」  お一人様生活しかしてこなかったから、断言はできないけれど。 「それならあなたは、おれにとって間違いなく特別な存在になります」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!