叩いて被って

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叩いて被って

 私は蠏子さんたちを見つめていた。ふと彼女の肩を見る。肩にはすずめが乗っている……あおじか?  一方私の隣でとうもろこしの芯を持っていた門土さんはしらけきった顔をしていた。先程まで浮かべていた笑みが消えている。しかし糸目は開かない。 「なんやのん。自分。いい加減しつこいんちゃうのん?」 「ひとの親を寝たきりにさせておいてそれを言いますか!? たった一回あなたをどつき回したらそれでおしまいにするつもりだったのにずっと逃げ続けて! そして被害者どんどん増やしてあなたのほうこそ何様のつもりなんですか!? いい加減観念してくださいよ!」  私は思わず門土さんの方を振り返るものの、彼の反応は全く読めない。 「なんやのん。柿食らったくらいで寝たきりって。自分のおかんが弱いだけちゃうのん」 「あなたいっつも自分のやらかしや詐欺を煙に巻いてひとの悪口ばっかり並べますよね!? ホントそういうところが嫌いなんですよ!」  あ、上手い蠏子さん。思わず感心した。  一見直情型に見える蠏子さんは、門土さんののらりくらりと答えを言わない言葉を無視して、煙に巻く言葉ばかり突くのだ。  彼女も相当門土さんにやり込められまくっていたのを、なんとか自分を抑えて相手の言葉に耳を貸さずに話を付ける方法を身につけたんだなと思うと、かなり偉いなと感心する。  一方蠏子さんの言葉に、門土さんは「はあ」と息をする。 「いい加減諦めてくれたらええもんを。ええよ。終わらせよか」 「はい!」 「ただし……自分ひとりで勝ったらやで。なんやえらいひと集めてやってるようで。そこの人間も仲間に集めたんやろう? あかんやろ、仇討ちにそんな大量にひと集めたら。それは現世で言うところのリンチで過剰暴力っちゅう奴や」  このひと……。その言葉であからさまに震えはじめた蠏子さんを見た。  言っていることに筋が通っているように見えて、あからさまに蠏子さんに揺さぶりをかけている。  一見要件を通したように見せかけて自分の要件を通そうとしている。本当にこの詐欺師頭が回るな。  感心している場合じゃないし、さすがにこれは助けたほうがいいだろう。 「あのう……」 「なんやのん? 自分も偉い気の毒やね、血生臭いことに巻き込まれかけて」 「別に自分もひと死にに立ち会いたいとは思ってませんけどね。ただ、蠏子さんの言い分はもっともだと思っただけです」 「うん?」  蠏子さんはいい子なんだろうなあと思ったんだよな。直情的で、言葉の裏を取らない。多分私も小説を書く際に大量に取材したり、詐欺師の本について読んでなかったら多分丸め込まれていたし、実際にこのひとの口車自体には普通に感心していたりするけれど。  口車に乗せられて、自分の気持ちを勝手に決めつけられるのは困るよな。だってどう考えても蠏子さんの仇討ちには道理があるのに、あたかも蠏子さんが悪いって話にされてしまったら困る。  他にもいる被害者のひとたちもいるみたいだし、これ以上詐欺の被害を防ぐとなったら、ここで終わらせるしかないだろうし。  口プロレスがどこまで通じるかは私にもわからないけれど。私はちらりと蠏子さんの肩に乗っているすずめに「おいで」と声をかけると、とんとこちらに飛び乗った。 「あなたあおじ?」 「はい。あだうちのみとどけにうかがいました」 「そう……ねえ、仇討ち許可を出したって聞いたけど、具体的に仇討ちってどこまで?」 「きょかしょをだしましたかたのこころがまんぞくするまでです」 「なるほど……結構抽象的なんだね。ねえ。門土さん」  私は蠏子さんたちと門土さんを見比べてから、そっと言った。 「叩いて被ってじゃんけんぽんしません?」 「はい?」 「おん?」  当然の反応だなあと思った。 ****  私が「叩いて被ってじゃんけんぽんをして、七回勝負で先行四勝したほうが勝ち」と言った途端、足湯が叩いて被ってじゃんけんぽん大会の会場と化した。  机の上にはスポーツチャンバラのプラスチックの刀。  あおじは「ちゅちゅーん」と鳴きながら私のほうに振り返った。 「どうしてこのようなかいけつほうほうを?」 「うーんと。普通の仇討ちは蠏子さんにはあんまり合わないと思ったのがひとつ」  彼女はお母さんのこともだが、ひとの仇討ちのことも背負い過ぎている。その中で門土さんをボコボコにしたところで、多分引き摺る。彼女は本当に実直が過ぎて本来だったら仇討ちに向いてるメンタルじゃないなと思ったんだ。  あおじは私の肩の上で「そうですねえ」と相槌を打った。 「ひとつは門土さんを足止めしたかった。あのひと、詐欺師をしているのにはなにやらいろいろあったんだろうけれど、詐欺を働かせたほうの痛みを本気で理解できないんだなと思ったから。だからあのひとを足止めして、きちんと蠏子さんと向き合わせたかった……でも詐欺師って、ひとの気持ちがわかったらそもそも詐欺なんて働かないよね」 「それはどうでしょうねえ。ひとのきもちがわかるのとさぎをはたらくのとは、あまりいんがかんけいがございませんから」  あおじは私の肩で「ちゅちゅーん」と鳴きながら頷いた。私はあおじを見下ろす。 「そうなのかな」 「はい。ひとのきもちがわかってもさぎをはたらけるひともおりますし、ぎゃくにひとのきもちがまったくわからなくてもだますきもないひともおられますから。だからいちどかにこさんともんどさんでたいめんさせたほうがよかったというのもわかりますよ」 「そっか……」  門土さんの口の上手さを考えても、あのひとはひとの気持ちを利用した上で詐欺を働けるから、たしかにひとの気持ちはわかるんだ。ただ感情移入を全くしない、機械的な反応がわかるだけで。  私はあおじに言う。 「私も正直、門土さんみたいな機械みたいなひとにはいくらでも会ったことがあるし、ああいうひとを魅力的と感じるひともいるんだろうけどね」 「ちゅちゅーん」  あおじは咎めるように鳴くので、思わず笑って続ける。 「でも、ひとはそれだけじゃ生きてけないから。だから私はああいうやり口だけなのには反対だなあ」  蠏子さんみたいに復讐の鬼にならずに仇討ちできるひとなんて、多分そんなにいないだろうから。  ふたりのじゃんけんがはじまった。 「叩いて被ってじゃんけんぽんっはい!」  先行で勝ったのは蠏子さんだけれど、門土さんはさっさとヘルメットを被って刀を防いでしまった。蠏子さんは「ちっ」と舌打ちしたあと、続ける。 「頑張れー」 「頑張ってー」  蜂須賀さんや栗田くん、臼井さんは蠏子さんを必死で応援している。  足湯に来たひとたちは驚いた様子で、叩いて被ってじゃんけんぽんを眺めながら足湯に入っている。場はだんだんと混沌としてきた。  でも、多分これでいいんだ。私はあおじとその行く末を見ていた。  蠏子さんがじゃんけんに勝ち続けるものの、反射速度が速い門土さんがすぐに防いでしまってどちらにも点数が入らないのが続いている。  だんだん蠏子さんへの応援が増えていった。 「頑張れー」 「頑張ってー」  一見すると勝負にはなんの関係もないように見えるけれど。  詐欺師からしてみればたまったもんじゃないだろう。蠏子さんは堂々と仇討ちの許可を取りに行っているし、仇討ちの触れ込みは既に済ませている。  そのせいで、彼女が刀を振り回している相手が仇討ち対象なのはすぐわかるし、そうすると詐欺をだんだん働けなくなっていく。正体を知っているひとは、いくら口が上手くても警戒心から見られて、騙されてくれなくなるからだ。  そうなったら、もうさっさと勝負を終わらせるしかなくなってくる。  蠏子さんは刀でスパンッスパンッと小気味よく門土さんの頭を引っぱたいていく。あと一回。あと一回で終わりだ。  こちらも緊張しながら見ていたら。 「はあ……もうええわ」  そう言って、とうとう門土さんが手を挙げた。 「変な小説家巻き込んで。それで自分に一糸報いるなんてよう考えたもんやなあ?」 「えっ? 私は別に」 「ほら、もう頭出したるから早よ殴れ。それで自分の仇討ちも終わるんやろう?」  蠏子さんは門土さんに頭を差し出されて、困ったように刀を向けたあと。 「ていっ!!」  最後に彼の頭をスパンッと殴ってから叫ぶ。 「もう、絶対に絶対にいろんなひとたちに詐欺を働くのはやめてください!」 「じゃかあしいわ。もうできるか」 「ほんっとうですか!?」 「こんだけひとにぎょうさん見られてできるもんやったらやったるわ」 「本当ですか!?」  途端にパァーッと彼女は笑った。  私は思わず拍手をしていた。それに合わせて、仇討ちの仲間たち、足湯のお客さんたちが手を叩きはじめた。  あおじは小さく頷いた。 「おみごとでございます。これでかにこさんのあだうちがしたい、もうこれいじょうひがいしゃをだしたくないってねんがんがたっせいできました」 「私、大したことはしてないけど……」 「いえいえ。じゅうぶんでございます。おつかれさまでした」  あおじにそう言われ、私は肩を竦めた。  ここに来てから妙な事件に巻き込まれてあわあわしてばかりだったけれど、初めてはっきりと役に立ったような気がする。  今日の出来事を私は少しばかりメモにとってまとめておくことにした。
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