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先人の知識を元によりよい生活を。
前の世界で当てはめると、インターネットと共に普及した携帯電話。
トモは考えていた。
『あの時は今』系の番組を見るたび、つい最近のことだと思い知らされたじゃないか。薄いパソコン、テレビ、性能のいい家電製品。毎年、進化していたじゃないか。
ルビィは振り返っていた。
インターネットバンキング、電子マネー、アイドル課金時代。ネット取引や投稿サイトで稼ぐ方法を見出した人々のおかげで、私は金持ち。
二人は自分自身に問いを投げかけ、自分なりの答えを飲み込んだ。
考え込みながら歩き続けたトモと、立ち止まったルビィの距離は三メートルほど開いていた。
「あ、ごめん。ルビィ?」
トモが振り返った時、ルビィは下を向いていた。
(ルビィ、いやに静かじゃない?『どうでもいい』ってスルーするか、食い入るように質問攻めされると思ったのに)
考え込むルビィに、トモは身構える。
「トモっ」
「はいいい?」
ルビィの声量の多さにトモはビクッと身体を強張らせた。ルビィは突如、セットした髪をほどき、癖っ毛を余計に目立たせる。手櫛で仕上げたアフロヘアに近い愛嬌のある髪型は、綿毛のようにフワフワと揺れた。
「すごいでしょ?お手入れしないだけで、こーんなにまとまるんだから」
自虐混じりにルビィは言った。髪質がストレートの人には到底理解できないマジックだ。
ルビィの猫っ毛は、風には脆かったが、軽く浮いてその形を維持することができた。小さなころにはよくからかわれたものだ。今回、ルビィの髪の毛にスプレーとワックスがついていたことが功を奏し、風が強く吹いても自然に固定されていく。残念ながら、披露宴の時よりも脆い仕上がりだが。
月明かりで妖艶に輝くシルエットは、一般人とは思えない独特なオーラを放っていた。
(えっ、『アイドルパラダイス』の永久欠番、シープ……ちゃん?)
トモは、伝説の『アイドルパラダイス』のシープちゃんとルビィを重ねた。シープちゃんとは、オタク界隈でまことしやかに噂された、デビュー時に消された女の子。
その女の子は、初期DVDの特典映像の中に影のみ映っていて公式から説明なし。ウワサはとてつもなく膨らんでいた。
『影だけで魅了するの女の子だよ?オーラが半端ないんだって。一人で注目を集めちゃうから、バランスを保つために辞めさせられたんだって』
ポジティブなオタクたちは、シープちゃんを神格化させて、崇めていた。
トモがルビィの姿に魅入られていると、ルビィはウインクしてアイドルポーズを決めた。
「どう?」
「んなああっ」
弾けんぱかりの後光でトモは悶絶。伝説のシープちゃんを独占しているように思えたから。
「シープちゃんっ」
「はあ?誰よそれ」
中身はルビイでげんなり。
「まあ、誰でもいいわ。さあ、先人の知恵を思う存分利用して、お金を増やすわよお」
グヘヘ、グヘヘヘ。
よだれをダラダラと垂らしたあの下品な表情になる前に、トモはシーツの切れ端を取り出し口元を拭いた。
(見た目はシープちゃんだ。俺の力で何とかしよう)
「ルビィ。いや、今はアイドルのシープちゃんだっ。アイドルの極意を教え込むから、このピンチを乗り切ろう」
ルビィはニヤリと笑う。
「いいわねえ。さあ、価値を上げていくわよう」
二人は固く握手した。
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