化け猫に会った最後の夏休み

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 残暑の季節の帰り道。 公園で街の中に陽が沈むのを眺めていた。 黄昏れる街は影を伸ばして、夜の訪れを知らせる。 そんな時に、僕は少年の日の記憶を思い出していた。  8月31日。僕の最後の夏休みが終わる。 小学校最後の夏休みは、自由のある最後の夏休み。 これから来る自由のない中学生活に絶望して、僕は遠くまで行こうと思った。 友達も連れずに1人で。  バスで近くの山に出かけに行った。 現実から離れたかったからだ。 川が流れる谷が見えた。 去年の夏休みに家族で釣りをしていたところだ。 僕は、思い出して階段を降りて水辺へと降りた。  川では、おじいさんが釣りをしていた。 「坊主。1人かい? この山には、化け猫がいるぞ。 化かされねぇように、気ぃつけろ。 俺は、もう釣れねぇから帰るわ。じゃあな」 一方的に訳のわからないことを言って、おじいさんは帰って行った。  気づくと、山は一気に暗くなっていた。 山にいるのは僕1人。 僕は、怖くなって帰ろうと思った。 「君は、魚釣りしないのかな?」 子供の甲高い声で話しかけられた。 気づくと釣り竿を持った女の子がいた。 少し年上くらいの色白の子供だ。 白いブラウスと紺のスカートという出立ち。 「魚釣って、私にちょうだいよ。 魚くれたら、面白いもの見せてあげる」  断れずに魚を釣ることにした。虫餌を針につけて、糸を垂らす。 しばらく無言で釣りをしていた。 さっきからこの少女に対して何も言えずにいた。 どこか怖かったのだ。 なんでこんなところに1人でいるのだろうか。  釣らないと怒られそうで怖かったが、魚が釣れた。 鱒が釣れると少女は喜んだ。 「すごい。美味しそう。ちょうだいよ」 「いいけど……」 「じゃあ面白いの見せてあげる」 と少女は笑いながら言うと、急に背が伸びて服装が一瞬で変わり、大人の男性の姿になってしまった! 「びっくりしたかニャ?じゃあこれはいただくニャ」 そう言うと、今度は三毛猫になって、魚を咥えて山の奥へと駆け出していった。  その一部始終を目撃して、僕は驚いて気を失ってしまった。 気づくと朝になっていた。 バス停にバスが止まって街へと帰った。 帰ってからは、母親にとても怒られた。 化け猫に化かされたんだ。 あのおじいさんの言うことは本当だったんだ。 そんなことを話しても信じてはもらえなかった。  今の僕にもあれはなんだったのかわからない。 ただ、相変わらず現実から逃げ出したいという僕の不甲斐なさと、非現実な存在に驚かされてしまった僕の臆病さを思い出して情けなく感じた。  気づくと、公園のベンチにおじいさんが座ってきた。 あの時、山で釣りをしていたおじいさんだ。 まだ生きていたのか。 この人なら何か知ってるかもしれないと思い、僕は聞いてみることにした。 「あの。おじいさん。 ○○山の化け猫のことについて聞きたいんですが……」 おじいさんは、返事をせずニヤニヤと笑った。 何か様子が変だと思っていたら、おじいさんは突然猫に姿を変えた。 大人になった僕は、もう驚くことはなかった。 また、化かされたんだな。 僕は、やってらないなと思い、今日も帰ることにした。 現実から逃げても、魑魅魍魎の悪戯に惑わされるだけ。 それも、つまらない現実。 そう考えていると、猫はつまらなそうに去っていった。  さようなら。化け猫。 僕の夏休みは、今年も終わったのであった。
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