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「鏑木さん」
結希が声をかけるが、鏑木は全く動かない。
「鏑木さん。これを見てください」
と、結希がポケットから出したのは、くしゃくしゃになった一枚の紙。よく見るとそれは、宅配で段ボールに貼られている伝票だった。
「これが、あなたの部屋のごみ箱に捨てられていました。見覚えは?」
「……ないですね。それよりお二人は私の部屋に入ったのですか?」
鏑木は心底嫌そうな顔で二人を見た。不法侵入じゃないかと思われているのかもしれない。
「知り合いの警察の許可は取りました。で、この紙に見覚えがないということは、これを誰かがあなたの部屋に入って捨てたということになります」
結希の言葉に鏑木は顔を強張らせた。誰かが勝手に入ったことに不快を感じたのかと輝は思った。だが結希は違う考えを持ったようだ。
「もしかして今、鏑木さんの頭の中に誰かの顔が浮かんだんじゃないですか?あなたの部屋に難なく入れる誰かの顔が」
誰なのだろうか。輝は鏑木の顔をじっと見つめるが、彼は何も言わず俯いた。
「……鏑木さん。私はこの事件の真相がほとんど分かっています。ですが、私はあなたの口から真実を聞きたいんです。話してもらえませんか?」
輝は驚いて結希の顔を見る。いつ真相が分かったのだろうか。
だが今は、それを訊くタイミングではない。輝は結希と共に、鏑木が話すことを待った。
「……新藤さんの仰るとおり、誰かが私の部屋に入ったと聞いたとき、一人の顔が浮かびました」
鏑木は苦しそうな表情で言うと、一つ深呼吸をした。
「私の部屋に入ることができるのは彼だけです。だから彼なら、細工をすることができるのですが……」
「鏑木さんが仰る彼は、あなたを陥れようとしていると思っているので庇う必要はないです。“彼”と濁さずはっきりとお名前を言ってください」
輝も同じようなことを思った。鏑木はどこかその“彼”を庇っているように感じたのだ。
「……私の秘書の鏑木宏哉。彼が唯一、私の部屋に入ることができる」
輝は結希を睨みつけた宏哉の目を思い出していた。
「やはり秘書でしたか。その鏑木宏哉さんは、社長の座を狙っているのかもしれませんね」
「えぇ。彼は小さい頃から私のものを奪うところがありました。親から可愛がられた兄である私を彼は嫌っていましたから」
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