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「勇也(ゆうや)、ママ行ってくるからね。いい子でいんのよ!」
「気をつけてね、若葉(わかば)さん」
そう返事したのは四歳になる息子、勇也じゃない。勇也を預かってくれる真智音(まちね)さんだ。当の勇也は奥にあるリビングへ一直線に駆け込んだ。
「げーむ! どうが! まちねおばちゃん、早く!」
「こら勇也!」
「いいのよ、若葉さん。私がしっかり見てるから安心して?」
キレるあたしを真智音さんがなだめる。
仕立てのよいレースのワンピースに、上品な香水の匂い。四十代なのに肌もキレイで物腰も柔らかい彼女につい見惚れちゃう。
あたしは二十一歳だけど、将来こんな素敵な女性にはなれそうにない……
「いつもすみません、おバカ息子が」
「いいのよ。知ってるでしょ、うちは夫が不在がちでたいてい私ひとりなの。将来に備えたいからって広すぎなのよ、この家」
たしかに、この玄関だけでもうちのオンボロアパートと同じくらいある。吹き抜けの天井といいシャンデリアといい、洗練されたホテルみたいだ。
「勇也くんがいてくれて本当に嬉しいの。だから若葉さんは気にせず、就活のことだけ考えて」
「真智音さん……ありがとうございます」
頭を下げて、高級そうな大理石の玄関を出た。
和モダンの立派な一軒家を仰ぎ見る。……医者ってマジで儲かるんだなぁ、と庶民的な感想。
初夏のバラが咲く庭に面した大きな掃き出し窓から、リビングが見えた。勇也が大画面テレビにはしゃいでる。
最初預けた時はママを恋しがって泣いたのに、すっかり真智音さんとこのおうちがお気に入りだ。まあわかるけど。
「さーてと、今度こそ就職キメるぞ!」
気合いを入れ直して、あたしは慣れないスーツとパンプスで駅へ急いだ。
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