第一話

1/1
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

第一話

 桃子は死んだ。父と母に見守られながら。齢は十六だった。次に目を開けたときは真っ黒な闇だった。 「ここは何処だろう」 ひとり口をあけるとその真っ黒な闇からフードを被った男が出てきた。 「お嬢さんこちらですよ」  声が聞こえる方へ向かう桃子。その大きな後ろ姿に追いつくように走る。 走っていると光が見えてきた。そのまま光に包まれていく。次に出たところは人の行列だった。 「では俺はこれで」  フードを被った男は遠くへ飛んでいった。桃子は仕方なく行列に並ぶことにした。人々は皆、死に装束を着ていた。  どれくらい並んだだろうか、大きな赤い広間につく、前には大きな簾がかかっている。閻魔様がいるならたぶんこのようなところだろう。と桃子は思った。 「判定、極楽」  大きな声で言われる。桃子は驚く。右側の大きな扉が開かれる。開かれた扉の方へいけばいいのだろうか。 「あっちにいけばいいのね」  桃子は歩く。トンネルを抜けると白い霧。少し歩くとあのフードを被った男がいたのだ。 桃子はその男の後をなぜだか着いて行きたくなってしまったのだ。桃子は走っていった。 すると霧が晴れてゆき…。  町が見えてきた。桃子からみて少々レトロな町並みだった。瓦屋根の家に、地面にはアスファルトが敷かれてない。街行く人も着物や袴姿の人が多い。桃子は新鮮な気持ちで歩く。川沿いには桜が咲いていた。 「あら、迷える魂かしら」  後ろを振り返るとカールを巻いた長い髪の袴姿の女性が立っていた。 「迷える魂?」そうつぶやく。 「姿を見ればわかるわ。死に装束だもの。行く当てないんでしょう。うちに来たらどうかしら」 確かに桃子には行くあてはない。 「ええ…」  桃子の顔は暗かった。なぜなら今になってようやく自分が死んでしまったことに対し、悲しくなったのだ。  父と母のことを考えたのだ、優しかった父と母にもう会えないことを。 「ごめんなさい、悲しくて」 「いいのよ、ほら、うちにおいで」  少し歩くと大きな門の屋敷についた。 藤の花が枝垂れて咲いている。真っ白な壁が美しい屋敷だった。 「ここは藤枝屋敷というの、二人と藤枝さまという竜と暮らしているの」 「えっ、竜」 聞き慣れない単語が出てきて戸惑う桃子。 「私も最初は驚いたわ。でもとっても良い方よ。すぐに慣れると思うわ。」 「人を食べたりしないの?」 長い髪に大きなリボンをつけた彼女は少し笑い 「そんなことないわよ」と。 「さあ、入りましょう」  中に入ると思っていたより広い。 「さあここが藤枝さまの自室よ。許可を貰わないといけないわね」 桃子はどんな姿の竜が出てくるんだろうと、どきりとした。 「おや、どうされたのかね」 そこには綺麗な女性が座っていた。書き物の途中だったようだ。しかしよく見ると耳あたりに小さな羽根が生えている。 「実は町で迷える魂を見つけたのです。うちで引き取ってもよろしいでしょうか」 長い髪の彼女は言う。 「いいでしょう。部屋はたくさん空いておりますし、ゆっくりなさい。」 「はい、ありがとうございます」 桃子も 「ありがとうございます」と言った。 「そうだここでは名前が必要だね」 桃子は人間姿の藤枝をみつめ、 「私は桃子と言います」と言った。 「それは生前の名だろう。桃子か…。桃花(ももか)というのはどうだい?」 桃子は悪くない響きだと思った。 「桃花ですね。良い響きです。」 「では桃花で決定だね」と藤枝。 「よろしく桃花、私は桜子(さくらこ)と言います。仲良くしましょう。」  長い髪の彼女は桜子と言うらしい。 家の中は桜子が案内してくれることになった。 「こっちが厨、あっちが居間よ」 桜子は丁寧に教えてくれる。 居間に向かうともうひとりの住人が座っていた。 赤い着物姿に長い髪をかんざしで留めている。 「彼女は梅葉(うめは)よ」 「迷える魂?あたしは梅葉。名前は?」 「桃花です、よろしくね」 「梅ちゃんとも仲良く出来そうね。良かったわ。」と桜子。 「桃花、早く、死に装束から着替えなさいよ」 「わかった。でも着替え持ってないよ」 「うちにたくさんあるから大丈夫よ」と桜子。 「こっちがいいんじゃない桃柄よ」 「あらまあかわいいわ」 二人と着替えをしていると桃花は丈の短い袴を見つけた。それはミニスカートのようで、桃花の心を射止めた。 「これかわいい」 桜子は「短い丈ねぇ」 梅葉は「いいんじゃない?」と一言。 そして桃花の服装が決まる。 桃の花が描かれた着物に丈の短い袴、足袋に決まった。桃花はセミロングの髪を揺らし喜んだ。 「今日は何にしましょうかね。桃花も来たことだしごちそうにしましょうか」桜子が言う。 「そうねぇ、お寿司なんてどうかしら。桃花も好きでしょう」と梅葉。 桃花はお寿司と聞いて喜んだ。 その後、桜子はお寿司を作ってもらうため出ていった。梅葉と二人になる。 「私も梅ちゃんって呼んでいい?」 「いいわよ」 「そうだ桃花は生前何をしていたの?気になるわ」 桃花は生前のことを話した。父と母と三人暮らしだったこと。平成の世のこと。そして大病を患い命を落としたことを。 「平成?そんなに時代がたっているんだ」 「あたしも桜子姉さんも明治生まれなのよ」 なんだかすごい人と話をしている気がすると思った桃花だった。  その日はお寿司だった。 人間姿の藤枝と4人でお寿司を食べる。 「いつもは藤枝さまは別室だけど今日は特別だから」桜子が言う。 「今日はありがとう。桃花も来てくれてありがとう」と藤枝。 そしてみんなでお寿司を食べた。 「そういえば梅ちゃん。迷える魂ってなに」 そんなことも知らないのかという顔の梅葉。 「迷える魂ってのはねぇ、その通り、道に迷ってそれてしまった魂のことよ。普通は霧の中を真っ直ぐ進んで転生する。が、私達はなにか迷いがあったから道をそれたのよ」 桃花は思い出す。あの霧の中を、そして黒いフードの男のことも。 「それで、続きがあって、迷える魂はここ天楽って地名なんだけど、ここにでるみたい。藤枝さまはそんな迷える魂を保護しているのよ」 「それが私の使命のようなものだよ。昔人間には助けてもらったからね」と藤枝  桃花はしばらく皆の話を聞いていた。そしてあの黒いフードの男に会って話してみたいと思った。  次の日、桃花は町を歩いていた。あの黒いフードの男に会える気がしていたのだ。 瓦屋根の町を歩く。反物屋、小間物屋、茶屋など暖簾をみて歩く。しかし一向に会えない。今日は駄目かと踵を返すと人に当たってしまった。 「ごめんなさい」 それはなんども会いたいと思った黒いフードの男だった。 黒いフードかと思ったが、頭巾のような…。 まるで死神のようだった。 「あなたはあのときの…」 「何故ここにいる」 2人同時に口を開ける。先に口を開けたのは桃花だった。 「やっと会えた! 何故かあなたが見えたから着いて来ました。」 「俺のせいか」とばつが悪そうな顔をする。 あまり歓迎されてないようだ。 「本当は着いて来たら駄目なんだ」 「ごめんなさい」 「この件は秘密にしてほしい」 「わかりました。そういえばお名前はなんと言いますか。私は桃花です。」 「黒鉄(くろがね)だ。」 「ありがとう黒鉄さん。また会いましょう。」 「あっ。」 桃花は恥ずかしくなって走っていった。 また1人迷える魂が天楽へやってきたのだった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!