月夜に生まれる

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月夜に生まれる

うわ、と思った。 「桃太郎」なんて名前をつけられたから。 わたし「かぐや姫」って呼ばれるはずだったのに。 どこで間違ったの? ちゃんと竹の中に隠れてたよ。 おじいさんが斧で竹を割ってくれたよ。 わたし、半分に切られそうだったけど。 おじいさん、竹を担いで家へ持って帰ったよ。 わたしが入ったまま。 「重いなぁ」とか文句を言ってた。 そりゃそうでしょ。 わたしが中にいたんだから。 切り口を覗けばよかったのに。 おじいさんはわたしに気づかないまま家に着いた。 ちょうどおばあさんも帰ってきたよ。 でっかい桃をコロコロ転がして。 川で洗濯していたら「流れてきた」んだって。 どんぶらこって。 おじいさんが包丁でパカンと桃を割ったよ。 中身は空っぽだった。 わたし、見たもん。 空っぽだったけど「あれ?」って顔でおばあさんがわたしを見たの。 おじいさんも振り返って「おや?」と、わたしに気づいた。 わたしは竹の中から出たんだけど。 自分で出たのよ。 誰も気づいてくれないから。 だけど、二人は「桃から出たよね?」って顔で見てくる。 なんか、圧を感じた。 で、「桃太郎」って名前にされた。 わたしは「かぐや姫」を提案したけど却下された。 二人には夢があったの。 「桃太郎」を育てて、鬼ヶ島から金銀財宝をふんだくって……。 いえ。 愛情たっぷり育てた「桃太郎」が村のために鬼退治してくれることを。 金銀財宝はそのオマケ。 という建前。 この家のおじいさんとおばあさんは「隣のジイバア」だったのかな? わたしが昔話で読んだ「やさしいジイとバア」の隣の家の。 でも、与えられた場所で精一杯生きるのがわたし。 それがポリシー。 「桃太郎」をやらせてもらいます。 やれるだけ頑張りますよ。 早速、旅に出た。 きびだんごは渡されなかったので丸腰で。 でも、それでいい。 サルを説得して鬼退治に連れて行けるほど口が上手くないし。 一生飼う覚悟もなしに犬に声をかけるのも気が引ける。 キジなんて、そうそう出会える鳥じゃないし。 なので、わたし一人。 はいはい。 鬼ヶ島でお宝をゲットしてくればいいんでしょ。 だけど、想定外。 島は留守だった。 闇夜は鬼の稼ぎ時。 町に出て、ガッポガッポ大判小判をあちこちで奪って大騒ぎ。 わたしはポツンと島で留守番。 ようやく鬼が帰ってきたのは満月の夜。 まんまるの月が見ていたわ。 鬼たちは驚いて腰を抜かした。 待ち構えていたわたしを見て。 気づけば島の入口に「お尋ね人」の立て看板。 そこにわたしの顔があった。 「お前は月の大怪盗?」 バレちゃ仕方がないわねぇ。 わたしだって月に戻れば知らない者がいないほどの大悪党。 狙ったお宝は逃さない。 明るい月夜に一番会いたくないわよね? それでも会ってしまったの。 「これでどうかお許しを!」 戦わず、鬼の大将が宝箱を差し出した。 満月が明るく照らす夜道を一人歩いた。 宝箱をズルズルと引きずりながら。 気がつけば、サルと犬とキジが後ろで箱を押してくれていた。 やっぱり仲間って大切。 うれしかった。 わたし、生まれ変わりたかったのよ。 姫と呼ばれて、この星で小さな家庭を築きたかった。 桃太郎じゃなく、もちろん悪党でもなく。 でも、うまくはいかなかった。 宝箱をサルたちに託して、次の分かれ道で別れた。 月夜に遭遇したのは鬼でもサルでも犬でもキジでもなかった。 本当に生まれ変わろうとするわたしの中のわたし自身。 さよなら、わたし。 はじめまして、わたし。 (おわり)
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