はじめて(?)のソフトクリーム

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はじめて(?)のソフトクリーム

光流side 「大丈夫?」  車から降りる時までエスコートをしてくれる紬……結斗さん。    道の駅に着き、少し話をした後で自分が先に降りるから待っていて、と言われたので助手席で待っているとドアを開け、そう声をかけてくれた。  正直に言えば乗り慣れない車だから助かるけれど、差し出された手にどう反応して良いのかわからない。  それでも期待に満ちた目で見られて…その手に僕の手を重ねてみた。  まるで壊れ物を扱うかのようにそっと力を入れた結斗さんの手。  フィールドワークで山に入ることもあると言っていたけれど、そのせいか少し硬く感じる手だった。  僕の頭を撫でたり、僕の額を触ったりする1番馴染みのある静流君の手とは少し違う手の感触。それだけでドキドキしてしまう僕は、結斗さんを意識し過ぎているのかもしれない。  結斗さんの手を借りて車から降りると何故か手を繋いだまま歩き出す。  と言うか、手を引かれて歩き出す。  本当は手を借りなくても車から降りれたし、手を引かれなくても歩ける。  でも、手を引かれて歩くのが嬉しい。  今は手を引かれているけれど、きっと次は手を繋ぎ、いずれ指を絡めるようになるのだろう。  そう言えば護君とは何度も指を絡めたけれど、手を繋いで歩いた事があっただろうか?  ほんの数回、2人でデートもしたけれど…手を繋いで歩いた事は無かったような気がする。外だから人目を気にしていたのかもしれない。それは僕が男性Ωだったからなのか、他に何か意味があったのか、今となってはわからないけれどその事実が少し切ない。  出会ったばかりのまだ子供だった頃に手を引かれて歩いた事はあったかもしれないけれど、お互いを意識しだしてからは静流君の目を盗んで指を絡めるのが精一杯だった。 「どうかした?」  考え込んでいたことに気づかれたのだろう、結斗さんが立ち止まり心配そうな顔をする。  何と答えたらいいのだろう…。  隠し事はしたくないけれど、言わない方がいい事だって沢山ある。そしてこれはきっと言わないほうがいい事だ。  僕だって、結斗さんの過去の恋愛は気にはなるけど敢えて聞きたいとは思わない。 「こんな風に手を引かれるの、子供の時以来だと思って」  嘘は言っていない。  ただ、考えていたのは違う事。  よくよく考えたら護君と会わなくなってもう5年?6年?、驚く事に一緒に過ごしたのと変わらないくらいの年月が過ぎているのだ。 「そっか。  ソフトクリームもはじめて?  久しぶり?」  きっと考えていた事は違う事だと気付いているはずなのに、結斗さんは気付いてないふりをしてくれた。  これからこんなことが繰り返されるのだろうか?そう思うと居た堪れない気持ちになるけれど、だからといって思い出さないように気をつけようとすること自体が後ろめたい。結局は時間と共に記憶が薄れていくのを待つしかないのだ。 「はじめてではない、と思うけど…。  多分、デザートで出て来たのを食べた事はあるはずです。でも小さいお皿で出て来てた」  思い出しながら説明する。  どこか、ランチで入った時に出てきたデザートがガラスの小さな器に入ったソフトクリームだったはずだ。 「前に送ってくれた写真みたいに手で待って食べた事はないです」  本当は〈結斗さんが送ってくれた〉と言いたかったけれど、照れ臭くて名前を呼べなかった。 「あれ、カップにも出来るんだけど下のコーンが美味しいんだよ。ワッフルコーンなら尚更」  コーンにも種類が有るらしい。 「子どもとか、食べるの遅いと溶けて下から出て来ちゃうからカップも良いけど…やっぱりおすすめはコーンだね」  僕の心の不安定さを感じ取ったのか、引かれる手に少しだけ力が入った気がする。不安にさせたくないけれど、僕にはその術が無い。  護君と過ごした年月、過ごした記憶、忘れられない想い、それらは僕を構成する大切な要素なのだ。  それでも少しでも安心して欲しくて結斗さんが掴んでいる僕の手を握り返すようにして、そっと力を込めてみる。  一方的に掴まれていた手が、手を繋いだ状態になったのが気恥ずかしくて少し俯いてしまう。僕の顔は赤くなっていないだろうか。 「時間薬って知ってる?」  結斗さんが歩みを止めることなく言葉を続ける。 「焦らなくてもいいし、気を使わなくてもいいよ。いつか時間が解決してくれるから。  泣きたいなら泣けばいいし、笑いたければ笑えばいい。共有したいと思ってくれるなら話を聞くし、1人で考えたいならそうすればいい。  忘れる必要もないし、思い出すのも自由だ。ただ、これから先の時間は共有していきたい。  一緒に笑いたいし、一緒に楽しみたい。泣いてる時はそばにいたいし、喧嘩だってする時が来るだろうし。  ひとつひとつ積み重ねて、いつかは俺のことしか考えられないようにするから」  とんだ自信家だ。  それでもその言葉が嬉しかった。 「時間薬、僕にも効くかな?」 「一緒にいたら効くんじゃない?」  サラリと言われた。  車の大きさのせいで少し遠くに車を停めたけれど、話しているうちにいつの間にか建物に着いていたタイミングで言われた言葉。 「結斗さんと一緒なら効きそうですね」  ポロリと溢れた言葉。  気負いなく呼べた名前。  気負いなく言えた言葉。 「もちろん。  じゃあ、今日の薬はソフトクリームかな?何の味がいい?」  2人一緒ならどんな薬でも効きそうだ。
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