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ー 治療棟 病室 ー
午前11時。澪は首元がくすぐったくなり、目を覚ました。視線の先には真っ白な天井、見慣れない天井に左右に首を振ると、病室だと分かり、自分が病室に来ていたことを思い出した。
「キャッ。」
再び首元にくすぐったさを感じた澪が視線を向けるとレオンが舌でペロペロと澪の首元を舐めていた。
「レオン、流石霊獣ね。回復が早い。」
澪は優しくレオンの頭を撫でた。レオンは感情を表情に出したり鳴いたりしないが、澪にはニコリと笑っているように見えた。
「あ!澪も目覚めたね。」
声がした方に視線を向けると、病室の入口から伽藍と亜梨沙が顔を出していた。
「…2人とも良かった。」
「私らは余裕よ。」
「あーちゃんは回復力1番だから。」
「だからぁ、その一人称イラつくのよね!あんた歳いくつよ!」
「16歳。2年生だから今年で17歳。」
「んなこと分かってるわよ!皮肉よ、皮肉!」
澪は二人の漫才のような掛け合いを見てクスクスと笑った。
「…笑えるならもう安心ね。…後は千里か。」
伽藍が静かに呟くと、澪は不安な表情をした。
「千里…容態は?」
「まだ目覚めないわ。内臓の損傷が大分酷かったみたいなの。面会謝絶の状態だから顔を見れてないわ。」
「…そう。班長は大丈夫かしら。自分のバディがこんな状態になってしまって。」
澪の言葉に、伽藍は優しい微笑みを浮かべながら答えた。
「それがね、ちょっといい?」
澪は伽藍たちに1階のカフェに連れられて来た。
「私ここ来るの初めてかも。」
「あれ、そうなんだ。私時々ランチ食べに来たりするよ。それよりあれ見て。」
カフェの外のガラスから伽藍が指差した先に澪が視線を向けると、雪乃といおりが席で仲良く眠っていた。
「あの2人、家に帰らなかったみたいね。」
カランカラン。マスターが3人を見つけて店の扉を開けた。
「こんにちは、伽藍さん。班長さんと新入生さん、ずっとここに居て疲れて眠ってしまったのですが、起こすのも可哀想で、ブランケットはお掛けしたのですけれど。」
「十分よ、マスターありがとう。」
「いかがですか?温かいココアお入れしますよ。」
マスターが3人を中に招いた。
「あーちゃん、ココア好き。」
亜梨沙が1番に中に入っていった。
「…自分の意志をさらけ出すこともあるのね、亜梨沙。」
2人も追って中に入り、雪乃といおりが寝ている席の隣でココアで温まった。中には治療棟で働いている医師や看護師などがランチを食べており、店内は美味しい匂いが漂っていた。
「…あの子が白波瀬雪乃ですかね。」
ぼそりと話す声が亜梨沙に聞こえ、凄い勢いで後ろに振り向いた。声が聞こえていなかった他の2人は何事かと慌てた表情をした。周辺の客は亜梨沙の行動に固まった。店中の視線を集めている亜梨沙は何も動じることなく、キョロキョロと客を見回した。
「ちょ、ちょっと亜梨沙ちゃん?」
澪が声を掛けたが、亜梨沙は無視をし、客のヒソヒソ話に耳を澄ましていた。
「ちょっと亜梨沙、あんたいい加減に…っ!?」
伽藍が声を上げたと思ったら亜梨沙は立ち上がり、2つ後ろのボックス席に座るグループの1人の男性の前に移動し、じっとその男性の顔を見た。男性は驚いた表情のまま固まった。
「あなた今、白波瀬雪乃と言った?」
相変わらずなんの感情も籠もっていなさそうな淡々とした口調で亜梨沙が男性に問い掛けた。
「…な、何の事ですか。」
「うん、その声、間違いない。あなた白波瀬雪乃のこと話してた。あーちゃんの耳は間違えない。」
「き、君は何なんだ!?」
「ちょ、ちょっと亜梨沙!」
伽藍と澪が慌てて亜梨沙に駆け寄り、亜梨沙の肩を掴んだ。
「僕たちはここの医者だぞ。特例班の学生か?学長に報告させてもらうぞ。」
男性は慌てた様子だが強い口調で亜梨沙に言い放った。すると、からんが亜梨沙の肩から手を離し、亜梨沙と男性の間に入り込み、男性の襟を掴んだ。
「おっさん、子ども相手に権力振り翳すとかダッサイから。」
「ちょ、花畑さん!?」
「澪は黙ってて。で、あんた雪乃のこと知ってんの?何で?」
「いや…その…。」
詰め寄る伽藍に男性は圧倒され、慌てて席を立つと万札をレジに置いて店から出ていった。
「ったく、何で逃げる必要があるわけ?」
伽藍は亜梨沙の手を引いて自席に戻った。澪はそっとポケットから筒を取り出し栓を抜いた。
「『嗅鼠』、頼んだわよ。」
澪は男性がいた席の他のギャグにペコリと頭を下げると静かに席に戻った。
「マスター、ごめんなさい。」
伽藍が謝るとマスターは微笑みで答えた。
「…あれ、やだ私寝てしまってたのね。」
流石の騒ぎにいおりは目を覚ました。目を擦りながら隣を見ると、伽藍たちがいることに気が付いて慌てて髪を手で整えた。
「み、皆さん、どうしてここに。」
「目が冷めてお腹すいたから覗きに来たら班長たちを見つけたのよ。…何で帰らなかったの?」
「白波瀬さんが皆さんを心配して治療棟に来てくれたのよ。私も心が穏やかでは無かったので、落ち着かせるためにここに来たらいつの間にか眠ってしまったようで、恥ずかしいですわ。」
「別に恥ずかしくなんてないわよ。しかし、こんだけ騒いでてもこの子は起きないわね。話題の中心だってのに。」
伽藍は顔を机に伏せて眠っている雪乃の頬を抓もうと顔に手を突っ込んだ。
「っ!?な、何だ!?」
違和感を感じた伽藍が慌てて手を抜くと指先がびっしょり濡れており、雪乃の頭を持ち上げると、涎の水たまりが出来ていた。
「きったねぇ!!」
それでも起きない雪乃は、カレーを食べている夢でも見ているのか、にんまりとした幸せそうな寝顔をしており、伽藍はイラっとしながら手洗いに向かった。
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