魅了

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 夏休み中の一週間ほど、父方の実家を訪れた。  去年は母方だったし、それは例年のローテーションでしかなく、あたしは中途半端に都会だけれどそれでも田舎なことには変わりない、父の生まれ育った街のことはあまり好きになれなかった。そこはあたしが普段暮らしている街と比べると、緑が深まるわけでも青が広がるわけでもない、多少不便になった程度でとどまってしまう地方都市。どうせならとんでもない田舎だったらよかったのに……と思いつつ新幹線に揺られ、それからさらに在来線に乗り継いで、ようやく二年ぶりに父方の実家の敷居をまたいだのだった。  二階建ての一軒家のうち、受験生であるあたしは他の家族と同部屋でなく、二階の空いた個室をあてがわれた。それでも気だるさを隠せないまま、不良債権みたいに一緒にくっついてきた宿題を片付けていたとき、階下で昔ながらのチャイムが鳴るのが聞こえた。指で押して「ピン」、離すと即座に「ポン」が鳴るやつだったから、ほぼ音は「ピポーン」と、まるでテレビの早押しクイズみたいな音だ。それのせいで集中が途切れてしまって、誰にともなく苛つきながら、あたしは引き戸をそっと開けて、一階に続く階段の下へ目をやる。  そのとき、同時に父親の声が響いてきた。 「亜未(あみ)幸矢(ゆきや)くんが来てるぞ。降りてきなさい」  はて。名前を聞いてもピンとこない。そんな人、親族にいたっけか。  あたしの父親は口うるさいから、ここで気づかず無視を決め込んだら後々に響きそうだ。なにせ、ここでの滞在期間はまだ始まったばかりである。たとえ親子喧嘩に発展しても、知らない街では逃げ出しようがない。  それでも「誰よ、それ。あたしの知ってる人?」とぶつくさ文句を言いながら、階段を下りていった。 「なんだよ、亜未。おれのこと覚えてないのか」  最後のステップを下りたときに飛んできたのは、アニメのDVDBOXをぶっ叩いたら聞こえてきそうな、味のあるイイ声だった。思わず、ふっと顔を上げる。  赤みがかったマッシュカットの髪型はかつての姿と結びつかないけれど、笑った時にタレる目尻とか、鼻の頭のほくろを見て、あたしは「幸矢」が誰のことかをようやく思い出した。 「――ユウくんなの?」  ユウくんは二歳上で、父方のいとこ。なお、ユウくん、と呼んでいるのはあたしだけだ。逆に幸矢なんて呼んだことは一度もない気がする。最後に会ったのはあたしが小学校高学年、ユウくんが中学生の頃だ。あたしは自分のことをたいして当時と変わっていないと思っているけれど、ユウくんは中学の頃の芋臭さが抜けて、なんというか少し。  否。だいぶかっこよくなっていた。  アリかナシかで言ったら全然アリなくらいに。いとこという関係性がなくて街中ですれ違ったらきっと(今の人、イイな)と素直に思えてしまっただろう。  ユウくんは一度、ははは、と大きく笑ったあとに「あのな」と指摘してきた。 「亜未、何度も言ってるだろ。おれの名前はユキヤだ」 「だって、ユウくんのほうが呼びやすいじゃん。同じ『ユ』から始まるし」 「そんなこと言う割に、おれのこと今まで忘れてたろ」 「てか、あまりにも面影なさすぎん? 前に会ったときは上から見たクリームパンみたいな輪郭してたのに、ずいぶん痩せたね」 「おまえなあ」  わざとらしく頭を抱えてみせるユウくんを見ていたら、ようやくあたしも自らの警戒心と表情筋が緩んできたのを感じた。
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