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「これ、どう思う?」  人間であるわたしは、嗅覚に関しては同居人とは比べものにならないレベルで鈍い。だから彼が言うところの感情の匂いがどんなものなのかは分からない。ただ、それでも走り書きの意図には見当がついた。  これは警告や注意の類じゃないかな。憶測を口にすると、柴本は目をみひらいたてこちらを向いた。 「警告だって?」わたしは頷いてから、考えていた質問の一つめを切り出す。二五個のキューブから何を嗅ぎ取った? 「それは――」もう一度、匂いとして込められた悲劇について繰り返した。それを最後まで聞いてから、二つめの質問。試験問題の六問目は、どういう問題だった? 「大麻を持っているヤツを探し当てろって問題だったぜ」  そうだね。今回の問題では他のことは問われていない。なのに、分かるからと余計な情報を読み取ろうとしてしまった。  それ自体は嗅覚判定士としての資質や適性を、非常に高いレベルで持ち合わせていることを示している。  けれども、一度に沢山の情報を得られることが良いとは限らない。情報を精査するためには、時間や精度のいずれかをあきらめなければならない事態もあるだろう。そうなれば、嘘の情報が混ぜられていても、気付かずだまされてしまうことも充分に考えられる。  そして、獣人に対する恐れや憎しみから、嗅覚を介して思考や感情を限定的ながらコントロールする技術を確立しつつある人々がいることも、わたしは知っている。 「嘘ってことはさぁ、苦しんだヤツはいなかったって事だよな」  わたしの膝に頭を乗せてくる柴本に、本当のことは分からないけどねと返すと 「だといいなー。でも、だまされたってのは悔しいな」  安らいだような表情で、けれどもまだ不満があるのか口をとがらせた。  他人の不幸を悲しみ、それが嘘だと知ればひとまず安堵する彼の人柄を、わたしはとても好ましく思う。ということも筒抜けになっているに違いない。ちょっと腹立たしくなってきたぞ。  早くお風呂に入って来なよ。赤茶色の毛並みに指先で触れながら――おいこら! わたしの服で鼻水を拭くんじゃない!! (了)
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