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20.王家の対立
「これはいったいどういうことだ!」
承認が必要な書類に目を通していたクラーク王が、ある一枚の証明書を手に叫ぶ。
文官が慌てて駆け寄ると、王はその書類を投げつけるように渡し、王太子コンラッドと王妃エリアナを呼ぶよう命じた。
「は、はいっ、かしこまりましたっ!」
書類を見た文官は、慌てて執務室を飛び出す。彼の顔は顔面蒼白であった。
「王ではないが、いったいどういうことなんだ……」
文官の頭は混乱している。なにせ彼の見たものは、ターナー男爵令嬢の婚約証明書であり、相手は、オルグレン帝国第三皇子ネイトなのだから。
クラーク王国は、他国との婚姻に対してそれほど厳しくはない。なので、驚くべき相手ではあるが、帝国の皇族に嫁ぐこともさほど問題ではない。
しかし、ターナー男爵令嬢シェリルは、現在、聖女候補筆頭だという。この場合、本来ならば、証明書が発行されるなどありえないことなのだ。
その証明書は、誰が発行したものか。
婚約証明書、婚姻証明書ともに、国立神殿が発行することになっている。国立神殿の最高責任者は、言わずもがな大神官である。彼のサインがあって、初めて証明書として形を成すのだ。
文官は、王太子の執務室前を守る護衛に取次を請う。護衛はそれを受け、執務室の中へ入り、コンラッドに許可を取った。
文官は中に通されるやいなや、王の言葉を伝える。
「コンラッド殿下、王が、至急執務室まで来るようにと。私は、これから神殿の方へ向かいます」
大急ぎで踵を返そうとする文官を呼び止め、コンラッドはニヤリと笑った。
「聖女も来いと言うのだろう? わかっている。私から声をかけておくので、お前は先に戻れ」
「いや、しかし……」
「一緒にお伺いする、と伝えろ」
「かしこまりました」
コンラッドは、王に呼ばれる理由をすでに察している。
文官は頭を下げ、王太子の執務室を後にした。その背中を見送りながら、コンラッドは肩を竦める。
「いよいよか。父上もさぞ驚いたことだろうな。なにせ、聖女として取り込もうとしていた令嬢が、帝国皇子に横から掻っ攫われたのだから」
「殿下、あなたも無関係ではないでしょうに」
呆れた声をあげるのは、信を置くコンラッドの側近である。
コンラッドは朗らかに笑いながら「関係ない」と言い切った。それを見て、側近はますます呆れる。
「ご自分の妃を取られたのですよ?」
「私は元々、聖女だから妃にする、という決まりが気に入らなかった」
「これも立派な政略結婚です」
「違うな」
側近は言葉に詰まる。
貴族にとって、互いの家の利になる政略結婚は、ごくごく当たり前のことである。
魔物から国を護る聖女と婚姻すれば、国の平和は約束されたようなもの、これもある意味政略結婚だ。しかし、コンラッドは否と言う。
「聖女は、ゴード神に仕える者。そんな人間の意思を全く無視したこの決まりは、国が一方的に利を得ているだけだ。聖女は尊き存在、そうだろう?」
「はい……そうでございます」
「ならば、聖女の意思は尊重されるべきだ。聖女が添い遂げたいと想う相手と結ばれることが、ゴード神の思し召しだろう。我々は、それを支持するだけだ」
コンラッドの言うことも、理解できなくはない。
しかし、それを言ってしまえば、これまでの王家や、王家に嫁いできた聖女たちの立場がないような──。
それに、聖女の生家は王妃を輩出した家として恩恵を受けているのだし、聖女側にも利はある。
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