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00.プロローグ
「きゅい!」
真っ黒な殻を破って出てきたものは、殻とは真逆の、真っ白な生き物。
元気な声をあげ、純真無垢で丸くつぶらな瞳がこちらをじっと見つめていた。
シェリルはその瞳から目を逸らすことができない。まるで吸い込まれるかのように、じぃっと見つめる。
「きゅい、きゅいぃっ!」
再び元気な声をあげ、その生き物はよたよたしながらも、シェリルの元へ近づいてきた。
覚束ない足取りについ手が伸びる。すると、それは勢いよくシェリルの胸に飛び込んできた。
「きゅいっ!」
嬉しそうに鳴く真っ白な生き物。シェリルの細腕にすっぽりはまってしまうくらい小さくて、おまけに愛らしい。何が何でも守ってやりたいと思うには十分すぎる。
「真っ黒な卵から生まれたのが、これか」
シェリルの腕から離れ、生き物が宙に浮いた。もう一本の腕がそれを引き上げたのだ。鮮やかな緋色の瞳が、その生き物を容赦なく隅々まで検分する。
「ぎゅいっ! ぎゅっぎゅううううっ!」
不機嫌な声を出して抗議するが、小さな体ではどうしようもない。せいぜい手足をバタバタさせるので精一杯というところか。
どうやら攻撃しようとしているようなのだが、まだ手足が短く、どこにも届かない。
懸命に逃れようとしているその様がいじらしくもあり、気の毒でもあり、また可愛らしくもある。しかし、ここは心を鬼にして、一言言いたいのをぐっと堪える。これは必要なことだからだ。
「瘴気や悪意みたいなものは、どこからも感じない。よって、こいつは魔獣じゃない」
緋色の瞳の持ち主は、ポイッとその生き物を放り投げる。
「きゅううううう~っ!」
情けない鳴き声をあげながらそれが収まったのは、シェリルの腕の中。
「生まれたばかりの仔に、なんてことするんですか! ネイト殿下!」
「あー、その「殿下」っての、いい加減やめてくんない?」
「殿下は殿下でしょうがっ」
「その口調で「殿下」も何もないだろうが。ネイトでいいって言ってんだから、さっさとそう呼べ」
彼はそう言って、シェリルとの距離を詰める。
シェリルよりも優に頭一つ分はある高い身長、鍛えられた体躯、それに加え、生まれながら備える帝国皇子としての高貴な威圧感。
シェリルはそろりと後退るが、木の幹にぶつかる。それを見たネイトの口角が緩やかに上がる。こうなることは計算済みだと言わんばかりに。
「今後「殿下」って言ったら、罰を与えるか」
「そんなっ!」
ネイトは木の幹に右腕を預け、シェリルの髪を一房逆の手で取る。瞳は真っ直ぐに彼女を見つめ──
「口づけ、な」
彼はシェリルの髪に、形のよい唇を押し当てた。
(ぎゃあああああああああっ!!)
シェリルは心の中で叫びまくる。
(なんて奴! なんでこんな奴が帝国の皇子なのっ! いや、大国である帝国第三皇子に「奴」はない。ないけれど……)
シェリルは涙目になりつつ、嬉しそうにきゅいきゅいと鳴く小さな生き物を、ぎゅっと強く抱きしめるのだった。
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