2013年  夏

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2013年  夏

 あの日はむせ返るような酷暑だった。  最高気温は優に35度を超えていた。  各地で熱中症患者が病院に担ぎ込まれ、救急車のサイレンを聞かない日はなかった。  地球温暖化が叫ばれて久しいが、この日も日本史上類を見ない惨殺事件の幕開けの日になろうとは、誰も予想はしていなかった。  日本の警察は犯人検挙率が世界でもトップクラスだと言われていたが、それは今は昔の話だ。ロンドン警察も検挙率は世界一に等しいと言われてきたが、切り裂きジャック事件など未解決事件などがある。  完璧に事件を解決できる機関などはこの世界には存在しない。ただ、事件に対して鋭意努力する機関は例外なくある。日本の警察もその一つだ。  上条雅行はこの日、久しぶりの非番だったが、家が事件現場に近いこともあって、緊急招集をかけられた。  刑事は常に非番だろうが、任務中だろうが、携帯を気にしなければならない。  だから、肌身離さず持ち歩かなければ、懲罰の対象となる。  雅行は一度だけ、車のダッシュボードの中に携帯を置いてしまい、翌日、課長から雷を落とされたことがあった。  雅行はシャワーを浴びた後だっただけに、召集の電話は最悪のベルと化す。  軽量スーツを着たくはないほど、外の熱気はむんむんだった。だが、課長は何よりも形式を重んじるので、仕方なく着る。  夜になっても気温は30度を切らない。昔、東京砂漠という歌があったが、今はまさにそんな感じである。  事件現場は亀有駅前のマンションの5階の部屋だった。ワンルームで家賃は都心のそれと比べると、比較的割安だ。  マンションの反対側に転じると、せんべろと呼ばれる、サラリーマンの聖地のような飲み屋街が見渡せる。  仕事のストレスを発散させるべく、赤提灯に誘われる彼らは明日の希望をなんとか見出そうと杯を交わして、上司の悪口などを言う。雅行は自分も彼らに近い存在なのかもしれないと思う。
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