第二章

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 一人にされたことで、アルベティーナの気が一気に緩んだ。ふかふかのソファに深く座ると、瞼が重くなってくる。  はっと人の気配を感じて目を開ければ、目の前にルドルフの顔があった。 「図太い神経をしているな。お茶をもらってきた」 「も、申し訳ありません」 「いや。気にするな。昨日は、眠れなかったのか?」  言いながらアルベティーナの隣に座ったルドルフであるが、その横顔に目を奪われてしまったのは、彼の顔が綻んだように見えたからでもある。 (え。団長って笑うと可愛いかもしれない……) 「どうかしたのか?」 「いえ。なんでもありません」  取り繕うかのようにカップに手を伸ばし、お茶を一口飲んだ。なぜか先ほどのルドルフの笑顔が忘れられなくて、心臓がトクトクといつもより早く鳴っている。 「早速だが。今回の潜入捜査について説明する」  ルドルフはアルベティーナの隣に座ったまま、今回の任務についての説明を始めた。  潜入調査の概要は先ほどシーグルードから聞いた通りではあるのだが。 「私にできるのでしょうか……」  話を聞けば聞くほど、アルベティーナに襲い掛かってくるのは『不安』の二文字。 「ああ。あの殿下の推薦だ。お前ならできる。むしろお前しかできない。裏社交界と呼ばれていても社交界に違いはない。それなりの教養が試される。だが、あのヘドマン伯の娘であれば、そのあたりの心配はないだろう」  恐らく、作法やダンスのことを口にしているのだろう。ルドルフが言う通り、そのあたりはアンヌッカからびっちりを仕込まれているため、心配はない。心配があるとしたら、その裏社交界と呼ばれる舞台が、どのようなところかわかないことだ。 「はい」  返事をしたものの、なぜか身体が震えていた。  騎士団入団の初日から、まさかこのような大きな任務を任されるとは思ってもいなかった。震える膝の上に軽く握った拳を、大きな手が包み込んだ。ルドルフがアルベティーナの手にそっと自身の手を重ねたのだ。 「お前ならできる。そのために俺がいる。自分を信じなさい」  震える心にそのような言葉をかけられてしまったら、信じるしかない。と、同時にルドルフという人柄がとても温かいことに気付く。先ほどのあれは衝撃的ではあったが、これからの任務のことを考えれば、仕方のないことだったのかもしれない。そう思ってしまえるほど、今の言葉は不意打ちだった。触れた手から伝わる彼の体温が、アルベティーナから『不安』という気持ちを奪い去っていく。 「お前だけこの警備隊に配置したのも、お前ならこういった特殊任務をこなせると思ったからだよ。警備隊とは表向きの名称だからな。裏の一部では潜入班とも呼ばれている。それだけ、能力に長けた人材が集まっている隊だ」  そのわりには先ほど、アルベティーナに拳をとばしてきたルドルフであるが。 「はい。団長の期待に応えられるように、この任務。しっかりとこなしてみせます」  そこで、ルドルフはふっと鼻で笑った。 「緊張も解けたようだな。いや、初日からここで居眠りをしてしまうようだから。元から緊張などしていなかったのだろう」  ルドルフの手が離れた。今までの熱が空気に晒され、一気に冷えたような気がした。  そこからルドルフは、今回の任務における背景、重要性などの説明を始めた。
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