3話

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3話

 今日も、ショーンさんがあたしのいる客室にやってきた。  もう、居候を始めて1ヶ月が経とうとしている。あたしはショーンさんに惹かれていた。凄く穏やかで親切で、あたしの猫の姿を見ても全く嫌がらない。それどころか、あたしを膝の上に乗せて頭や背中を撫でてくれた。夜に寝る際は、あたしが客室に戻ろうとしたら。抱き上げて、ベッドに連れ込もうともした。流石にそれは拒否しようとしたが、ショーンさんはどこ吹く風だ。そのまま、枕元に降ろされる。 『……お休み、セレイナ』  低い心地の良い声で囁かれた。あたしは気がついたら、瞼が降りてしまっていた。いけないと思いながらも睡魔には勝てない。そうして、朝になる。 『……ギャッ!!』 『あ、おはよう。セレイナ』  いい笑顔で声を掛けられたが、あたしは生憎素っ裸だ。ショーンさんに平手打ちを頬にかまして、客室に逃げ去ったのは良い思い出だ。 「……こんにちは、セレイナ。今日も庭を散策しないか?」 「こんにちは、ショーンさん。いいわね、行きましょう」 「わかった、行こうか。あ、その前に。帽子を被らないと」  あたしは頷いて、客室のクローゼットに行く。つばの広い帽子を被るとショーンさんと連れ立って庭に出る。今は初秋だ。と言っても、残暑が厳しくて昼間は日差しがまだきつい。なので、庭などに出る時は帽子を被るようにしていた。メイドもいないから、日傘をさすわけにもいかない。  あたしはショーンさんに付いてゆっくりと歩く。庭に出るとコスモスなど秋の花々が早くも咲いていた。目を楽しませてくれる。 「……なあ、セレイナ。君がこちらに来てから1ヶ月が過ぎた。俺は君に惹かれつつあるけど、君はどうなんだい?」 「え、また急ですね。ショーンさん」 「今はどうなんだ、その。聞かせてほしい」  耳まで赤らめながら、ショーンさんは訊いてきた。あたしはどう答えたものやらと思う。少し考えてから、答えた。 「……あたしもあなたに惹かれつつあります、こんなに親切にしてもらって。好きになるなと言う方がおかしいもの」 「そうか、なら。今日の夜に君の部屋に行くよ」 「わかりました」  あたしは頷いて、散策を続けた。顔に熱が集まるのが分かったが。気が付かない振りをした。  夜になり、ショーンさんが客室にやってきた。あたしの呪いを解くためだとすぐに気がつく。とうとう、この日が来たわ。あたしと彼との期間限定の関係が終わる。泣きたくなった。けど、あたしが人間に戻るためには必要だ。腹を括らないと。  あたしは秘かに決めながら、ドアを開いて入ってくるショーンさんを見つめる。 「……セレイナ、呪いを解きに来た。まずはこの薬を飲んでくれ」 「あの、これは?」 「君が猫に戻らないのを手助けする補助薬だ」  あたしは頷いて、受け取った。蓋を開けるとキュポンと小さく音が鳴る。そのまま、薬が入った小瓶を傾けて中身を飲み込む。嚥下するとジワリと口の中に甘味が広がる。コクコクと飲むと小瓶は空になった。 「飲んだな、じゃあ。始めるよ」 「……はい」  あたしが再び、頷くと。ショーンさんは不思議な呪文を唱え始めた。 「月神セレナ神に乞ふ、かの者の呪いを解き給ふ。我、ショーン・ブレンが願わむ!」  そう彼が唱えると、足元に不可思議な円陣が真っ白な光と共に浮かび上がる。それは近くに立つあたしの足元にまで、及ぶ。ショーンさんは真面目な表情であたしに一歩、二歩と近づく。  すぐ側に来て、顔がぶつかりそうな距離にまで来た。驚きながらも彼の淡い琥珀の瞳から目を離せない。両肩を掴まれて、顔がグッと近づいた。反射的に瞼を閉じる。気がついたら、唇に温かくて柔らかな物が押しあてられた。すぐにそれは離れたが、あたしは瞼を開ける。  すうと円陣や光が消えた。ショーンさんがあたしを真っ直ぐに見ている。 「セレイナ、呪解の儀式は終わったよ。君の呪いは溶けた」 「……えっ、本当に?」 「ああ、明日からは普通の生活ができるはずだ。良かったな」 「はい!ありがとう、ショーンさん!」  あたしが嬉しくて、お礼を言ったら。ショーンさんは悲しげに笑った。 「……なら、君は。キアラ家に戻らないと。こちらにいては外聞が良くない」 「……そうでした、けど。ショーンさんの事は忘れません」 「今はその言葉で十分だよ、けど。いつか、絶対に君を迎えに行く。約束するよ」  あたしは頷いた。ショーンさんはそっと抱き寄せる。額に口づけをされたのだった。
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