満月と飴玉と僕と彼女の20分(月夜の遭遇)

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満月と飴玉と僕と彼女の20分(月夜の遭遇)

 今日は満月だ。予備校の外で、僕は天宮を待つ間、秋の空を見上げていた。  5分も待つと、標準クラスの天宮が、友だちたちと、予備校の外に出てきた。  天宮が、友だちの女の子たちに言う。  「また、明日、学校で」  「うん、また明日。真実ちゃん、良かったね」  「あ、うん、ありがとう」  「じゃ、また明日」  「じゃ、またね」  友だちと別れて、天宮は僕の所にやってくる。  「ごめん。待った?」  「そんなには……、」   僕は天宮と、ちょっとだけ恋人みたいな会話をする。  それは、僕の秘密の楽しみ。  僕は天宮の友だちとの会話が気になっていた。  「なにか、おめでとうって言われていたみたいだけど」  「ああ、推薦で、扇女子に受かって……」  「ああ……、受かったんだ。おめでとう」  「ありがとう」  天宮の顔は、大学が決まったのに、何故か浮かない。  でも僕は理由を聞かない。  理由を聞くほど、僕は天宮と親しくない。  僕が言う。  「帰ろうか?」  「そうだね」    僕らは自宅に向かってあるき出す。   大通りを、僕らは並んで歩く。  彼女との並んで歩く距離は50センチ。  50センチ離れて、僕と彼女は、歩く。  けして交わることのない、僕と彼女の、距離、50センチ。    50センチ離れた場所から、天宮が言う。  「大学が決まったから、私ね。予備校を今日でやめるの」  僕は驚く。  「え、辞めるの?」  天宮が頷く。  「大学が決まったし、もう受験勉強は終わるから……。後は卒業できる程度に勉強したら良いだけだから」  「そうかぁ」  「私たち、家が同じ町内だからって……。予備校の帰り、毎回家まで送ってもらちゃって……。ありがとう」  「うん」  「でも、今日でそれも終わるね。ありがとうね」  「うん。いいんだよ。ついでだから」  「そっかぁ。ついでかぁ」  「うん、そうだよ」  僕は内心ガッカリした。  天宮と予備校から家まで帰るだけの、僕の密かな週3回の20分デートも、今日で終わる。    天宮が僕に聞く。  「斎田君は、どうするの?」  「どうするって? 何がぁ」  「進学……」  「共通テストを受けて、西大受けるよ」  「斎田君は、頭いいもんね。特進クラスだもんね。今日の模試結果どうだった?」  「S判定だった」  「凄いね。やっぱり、頭いいんだぁ」  「単なる、模試だよ」  僕は好きな女の子に余裕をかまして見せる。  「それでも凄いよ。西大にS判定だもん」  僕らは大通りを曲がって、商店街に入る。  商店街はシャッター街になってしまって久しい。  22時を過ぎた、人通りがまばらなシャッター街を、僕らは歩く。    天宮が言う。  「お腹すいたね」  「ああ」  「斎田君は、家に帰ったら何か食べるの」  「そうだな。うどんかなぁ」  「良いね。うどん。温まるね」  そう言うと、天宮は少し寒そうな素振りをした。  「寒いの?」  「少し……」  「そうかぁ」  僕は天宮に何かしてあげたかったけど、特に出来ることはなかった。    僕は天宮に何かする事を諦めて、天宮に尋ねてみる。  「天宮は、何か食べるの?」  「食べないよ。太るから」  「天宮は、太ってないだろう?」  「太りやすいんだよ。それに夜に食べるとむくみから」  「そうなの?」  「そうだよ。顔がむくんでブスになったら、好きな人に嫌われるもの」  「天宮は……、好きな人いるんだ」  「いるよ」  「そうか……」  「うん」    僕の失恋は、今決定した。  商店街から僕らは出た。  商店街の屋根がなくなり、満月が再び僕らを照らした。    天宮が空を見上げる。   天宮が言う。  「今日は、満月かぁ」  天宮は、満月を見て、嬉しそうだった。  月の光が天宮を照らす。    僕は、満月を見上げる天宮の横顔を、見つめた。  天宮が、満月を見るのを止めて、僕を見る。  僕と天宮の視線が合う。  僕は、いきなり、天宮と視線があって、たじろく。   僕は心配になる。  ――僕が天宮を見ていた事に、天宮は気がついただろうか?――    天宮が、僕の目を見て、笑った。  僕の心臓は、爆発しそうだった。  僕らは商店街を抜けて、住宅地へと入っていく。  22時10分を過ぎた住宅地は、人通りはなかった。  僕ら二人の時間が始まる。  でも10分したら、永遠に、2人の時間は失われてしまう。  今日で最後の、二人の時間。  僕は、この時間を、心に焼き付けようと思った。  天宮が言う。  「飴、食べる?」  「え? 飴」  「うん、お月さま見てたら、思い出した、確かぁ、ポケットに」  天宮がスカートのポケットを探る。  天宮が、ポケットの中を探って、難しい顔をした。  「うーん」  天宮は、ポケットの中で、物をより分けているようだった。  僕は、その様子を眺める。  天宮がポケットから、握った手を出した。  そして、僕の方をに握りこぶしを向けた。  僕は天宮の握りこぶしを見つめる。  天宮が、手を開いた。  天宮の開いた手のひらには、甘玉が1個のっていた。  天宮が悲しげに言う。  「1個しかなかった」  僕が気の毒になり言う。  「天宮が食べていいよ」  天宮は、飴玉を見つめる。  それからおもむろに、飴に包み紙を開けた。  包み紙から、飴が顔を出す。  黄色い丸い飴玉だった。  天宮が飴玉を、白く細い指先つまむ。  「これ、お月さまみたいでしょう?」  天宮が、月に向かって、飴玉を持ち上げ、飴玉を天にかかげた。  そして、月と飴玉が重なった。  僕が言う。  「本当だ。月みたいだ」  飴を月に重ねながら、天宮がまた僕を見た。  僕と天宮は見つめ合う。  天宮が、飴を空から降ろして、自分の口に入れた。  僕は、口に入る、飴を見る。  天宮の、ピンクの唇に、お月様みたいな飴玉が、吸い込まれて行く。  それから、天宮の顔に力が入った。  口に入れた飴が、カリッと音を立てた。    僕が、天宮の意外な行動に、驚き聞く。  「飴を割ったの?」  天宮が、舌に割れた飴玉を載せて、僕に見せた。  「お月様が、割れちゃったァ」  僕が笑う。  天宮も笑う。  それから天宮が言う。  「飴、半分、いる?」  「半分って……」  僕らは歩くのをやめた。  再び天宮が言う。  「だから、半分あげようか?」  「どうやって?」    天宮が、舌に乗せて飴を僕に見せた。  僕は天宮の舌に乗った飴を見つめる。    僕は唾を飲み込んだ。  緊張が、僕の全身を支配した。  僕はゆっくり、天宮の舌の上の飴に向かって、僕の唇を近づける。  僕は口移しに、天宮の飴を受け取る。  半分に砕けた、小さなお月様が、僕の口の中で、甘くとろけた。  天宮が僕に尋ねる。  「美味しい?」  「うん」  天宮が、僕の側にいた。  僕らの距離は、縮まって、わずか数センチの距離に、天宮がいた。    そして僕らはまた歩き出す。でも以前と違うのは、僕らの距離が縮まった事。  距離が縮まった天宮の手が、僕の手に当たった。  僕はその手を、受け取るように、握って、手を繋いだ。  僕らは無言だった。    ただただ、僕らはお互いの手の感触を、確かめ合っていた。無言で手を繋いだまま、5分も歩くと、天宮の家が見えた。    僕らは、天宮の家が見えた場所で立ち止まる。  天宮が言う。  「満月に願うと、願いが叶うんだって」  「本当の話なの?」  「たぶん」  僕は声を出して月に祈る。  「僕は月に願う。天宮と付き合いたい」  天宮が恥ずかしそうに言う。  「それは……、叶うよぅ」    それで僕らは、今度は、飴玉なしで唇を合わせた。  秋の夜に、まるい月の光を浴びながら、僕らは恋の始まりに遭遇した。  
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