スマートなカツアゲでしょうか

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スマートなカツアゲでしょうか

「奈緒子さんは昔からこのお店を継ごうと決めていたんですか?」  ディナーの混雑が始まる前のカフェタイム。お客様もまばらで手が空いたからか、私の隣で定食につける漬物の小皿を並べ始めた御影君から、そんな質問が投げかけられた。 「いやー、そんな事ないよ。どうして?」 「いや。今日、進路調査の紙が回ってきたんですけど、それを書いていた時ふと思ったんです。奈緒子さんはどうだったのかなって。俺はこのお店をやる前の奈緒子さんの事、何も知らないんで」  何も知らないんでって・・店主とバイトって、普通そんなもんだけどね・・? 「継ごうと思ったのなんか、おばあちゃんが辞めるってのを聞いてからかな。普通に就職してたしね」 「何やってたんですか?」 「普通だよ。出版系の会社のただの事務」 「このお店を潰したくなくて、退職したんですか?」    ────それは・・  ちくりと、心に刺さった棘が、傷を抉って痛みを伴う。ただのバイトである彼に、その傷を見せる必要なんて無いはずなのに・・気がつくと私の口は、こう吐き出していたわけで。 「違うよ。そんな高尚な理由じゃないんだ」  ────その頃の私は、お世辞にも仕事が上手くやれているとは言えなかった。毎日上司に怒られて、仕事に行きたくなくてしょうがなかった。  そんな時・・彼氏も転勤が決まって遠距離恋愛が始まって。呑気な私は、連絡を取る回数が減っていっても、仕事が忙しいんだろーなー、程度にしか思っていなかった。だけどある日、彼のSNSで、別の女性との結婚報告がアップされていた────。 「あはは・・私ってバカだよね。彼的にはとっくに終わってたのに、そんな事にも気づかずにまだ付き合ってるとか・・」 「・・・・」 「もう色々嫌になっちゃってさ。仕事も恋も、東京の人の歩く速さにすら、まだ慣れてない自分とか。だけどその日たまたま入ったカフェで食べたオムライスがさ、ふわふわでトロトロで、凄く美味しくて・・なんか涙が出てきちゃってさ。美味しいものって凄いよね。そんなどん底にいる人間すら、幸せな気持ちにさせちゃうんだもん。だから私も、私の作った料理で一瞬でも誰かを幸せにできるなら、こんなにやり甲斐のある仕事ってないじゃんって、そう思って・・」    ────何言ってんだろう、私。  高校生のバイト君にこんな重たい話、引かれるって。おばあちゃんの店を潰したくなかったって、それでいいじゃん。本当は逃げてきたんだって、そんな懺悔みたいな話を御影君に聞かせて、私は彼になんて言わせたいんだろう。 「あはは、ごめんねっ、こんな話! まぁ半分逃げみたいなもんではあるけど、つまりお客さんに美味しいもの食べてもらいたいって事で・・」 「奈緒子さんに事務はやらせられません」  彼の言葉が私の声を遮るように被さった。そして彼は私と真っ直ぐに視線を合わせ、優しい微笑みをくれた。 「勿体なさすぎます。俺や常連さん皆を幸せにする、魔法のような才能を持ってるんですから」  こ、これは・・  私は思わず、彼から目を逸らした。  慰めさせちゃってる。高校生に気を使わせて、そんなお世辞言わせちゃってるよ。だけど御影君のお言葉とその微笑み、癒されますありがとう! 御影君てなんていうか包容力というか頼り甲斐があるというか、私なんかよりずっと落ち着いてて、だから私つい甘えてこんな事・・ 「ま、またまたぁ。ごめんね、なんか慰めてもらっちゃって」 「俺、バイトする前にここに何度か来てるんです。奈緒子さんの料理が食べたくて」 「え・・」  私は驚いて、彼を見つめた。そんな話は初耳だ。あの穏やかな笑顔をしまって、真剣な表情に変わった彼の瞳とぶつかる。 「友達に美味いからって連れてきてもらって。一口食べて虜になりました。なんていうかホッとする味というか。俺、両親とも仕事が忙しくて普段出来合いのものが多いから、尚更なのかもしれないけど・・凄く美味しくて、その時思ったんです。こんな料理を作る人は、きっと素直で温かい心の持ち主なんだろうなって」  そして彼は・・再び笑った。あの年の割には落ち着いた、大人びた笑顔で。 「思ってたとおりの人でした」  御影君・・そんな風に思ってくれてたんだ・・    嬉しいな。私の料理であの時の私と同じように、幸せな気持ちになってくれてる人がいるなんて・・  心が喜びでぽかぽかと温まる様な感じがした。だけど彼はこの後、私にハッとさせるような、意味深な発言をするのだ。 「だから、頑張ります。────奈緒子さんの料理を毎日食べられるように」  ────ん・・? 「あ・・! 賄いつけようか!? ごめんね気づかなくて・・!」  そうか。高校生で八時までバイトって、食べ物前にしてそりゃお腹も減るよな。お母さんが忙しくていつも出来合いのものなら尚更だよ。なんで今まで気づかなかったかな、私! 「いいんですか?」 「全然いいよ! 御影君にはいつもお世話になってるしっ・・時給はあまり上げてあげられないけど、賄いなら全然!」 「それではお言葉に甘えて。ありがとうございます」  彼はやんちゃな高校生らしからぬ礼儀正しい態度でそうお礼を述べた後、しかし更に、意味深な発言をする────。 「一生食べられるように・・頑張りますね」  ────ん? 「い、一生・・?」  一生って・・バイト辞めても永久フリーパスみたいな? いくらなんでもそれは普通ないのでは・・でも御影君にはいつも助けられてるし、それぐらいやってあげた方がいいのかな・・? 「み、御影君専用フリーパスね・・考えてみるよ・・」  彼はあの大人びた笑顔で、クスリと笑っただけだった。なんだろうこれは、「慰め料」という事なのだろうか?  でも・・御影君がバイト辞めても一生通ってくれるなら、なんか嬉しいかも────そんな風に思ってしまう私って、おかしいのだろうか・・。
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