そして、始業式の朝がくる

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「いや、何ていうか……谷口がそこまで慕ってくれてたってこと自体は、まあ、素直に嬉しいよ」  朝の急行電車の中でラッシュにドアまで押しつけられながら、夏の間中こねくり回し続けた声を、彼はまた頭の中で再生させた。  それは美化委員の先輩の言葉だった。夏休み期間の清掃活動中に舞い上がって「好きです、付き合ってください!」と口走った遥希への答えだった。分けへだてなく見せる人懐こい笑顔が魅力的で、委員会の時のきびきびした動きが頼りになったその人は、こう続けた。 「そうなんだけど……でもやっぱり、谷口は可愛い後輩でさ。付き合うとかそういう気持ちにはなれないんだよ。そういうことって、ごまかさずにちゃんと言った方がいいかと思って。だから、何ていうか……ごめんな」  なるべく遥希を傷つけないように、言葉を選んでいることがわかった。その真摯さが伝わってきたからこそ、よけいに彼はみじめになった。  何やってるんだろう。勝手に舞い上がって、先輩を困らせて……バカみたいだ。  打ちのめされて、めまいがした。元々暑かったせいもあったのだろうが、立っている力が出ない。へなへなとその場に座り込んでしまった。額に浮いた汗が後から後から流れてくる。 「ちょっと! 大丈夫か?」  先輩は遥希に肩を貸すと、近くの木陰まで運んでくれた。ぐったりと木に寄りかかって目を閉じる。額に、突然冷たいものが触れた。目を開けると、先輩が濡らした紺色のハンドタオルを当ててくれていた。 「少しは落ち着いたか?」  心配そうにのぞき込むその顔を、まっすぐ見返すことができなかった。いい人なのだ、ほんとうに。タオルの冷気で全身が急速に冷えていく。 その中でもう一度思った。……バカみたいだ。  結局、その日はそのまま早退した。その後委員会の活動がなかったから学校には行っていないし、先輩とはもちろん会っていない。差し出されたハンドタオルは、遥希がそのまま持っている。
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