そして、始業式の朝がくる

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 一晩明けたら、次の季節になっていた。  谷口遥希は、今日この日の朝を迎えた時、一番最初にそんなことを思った。昨日まで騒がしく鳴いていた蝉も今日は静まり返っているし、吹き抜ける風も気付けば涼しい。入道雲の消えた青い空は、どこかさびしく澄みきっている。  冷静に考えると、それはたぶん違う。一夜で全部が変わったわけではないはずだ。気温は毎日上がったり下がったりをくりかえしながらだんだん低くなっていったのだろう。蝉の声だって、日中鳴り響いていたミンミンゼミの大合唱、それよりは控えめな午後のツクツクボウシ、終わりを予感させるヒグラシと少しずつ移り変わっていき、今やほとんど聞こえなくなったということに違いない。  夏休みや2学期なんてものは、あくまで人が勝手に引いた線にすぎない。これから暑い日はいくらでも戻って来るだろうし、もしかしたら蝉もまた鳴くかもしれない。夏の象徴のようになっているソーダ味のアイスキャンデーだって、年中コンビニのショーケースで売られている。そもそも、学校に行く服装はまだしばらく夏服。半袖のワイシャツと涼しげなズボンの組み合わせだ。ブレザーを着てネクタイを締めるには、まだあと一月ほどかかる。結局は気分にすぎない。  けれど、遥希にとってはその気分こそが何より重要で、昨日と今日とはまるで別物だった。そして、彼は今日を切実に始めたくなかった。それは別に「夏が終わってさびしいから」とか、「学校に行くのが面倒くさいから」ではなかった。1学期の頃とは変わってしまったもの、夏休みの間ずっと見ないふりをし続けてきたものに、今日こそ向き合わなくてはいけないからだった。
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