あの頃の僕ら

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拓磨は、性格的には頑固ではあるものの、誰よりも争い事を嫌っており、イヤな事でもイヤだとは言えずにいる事の方が多かった。施設を初めて訪れた頃の拓磨は、誰かと話をしている事よりも、ひとりで読書をしている事の方が多かった。その様な彼に初めて話し掛けて来たのが、修二である‥‥‥。 「‥‥‥お前さぁ。独りでしょぼくれた顔をしてて、つまらなく無いのかよ?」 先程まで読書をしていた拓磨は、懐に携えていた一冊の文庫本に記されてある文字から目を逸らせて、修二に向かって呟いた。 「僕は、読書をしていた方が楽しいから。それに、退屈もしないしネ‥‥。」 そう一言答えると、拓磨は又、文庫本に視線を向き直して、読み続けていた。その様な彼の顔を覗き見るかの様に、修二は、拓磨に尋ねようとした。 「‥‥‥なぁ。‥‥‥本を読む事って、そんなに楽しいモノなのかよ?」 拓磨は、視線を向ける事も無く、応えた。 「‥‥‥うん、楽しいよ。‥‥‥楽しいだけじゃ無くて、普段、僕達が疑問に思ってる事や抱えてる不思議な話がテーマになってる事もあるし。自分では経験出来ない事なんかも知る事も出来るしネェ。読書は、人間が人間らしくいられる為の娯楽だと思うよ。」 「‥‥‥ふ〜ん。そんなモノなのかな。」 ふと、修二は、拓磨の懐の文庫本が気に掛かり、彼に尋ねた。 「‥‥‥で、‥‥‥今、お前は、何を読んでるんだよ?」 すると、拓磨は、懐に携えている一冊の文庫本の表紙を修二に見せた。其処には、古ぼけた文字で『人間失格』と記されていた。言わずと知れた、昭和の文豪と呼ばれた太宰治が遺した小説である。拓磨が携えていた文庫本には、何度も何度も読み返された痕が残っており、何やら古ぼけて見えた。
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