冒険譚のラストシーンにて

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それがいつまでも受け入れられなくて、わたしは頻繁に竜がいた山へ足を運ぶ。鮮烈な記憶は薄れたりしない。だから子供の頃にたどり着いた竜のねぐらをちゃんと憶えていた。そこまでの道を通るたび、日に日に樹々や草花が元気になっていくような気がしている。遠い雨の日、竜は「お前の父が興した信仰のおかげで、山が再び生き返ろうとしているのだ」と話してくれた。きっと、街の信仰が強くなったおかげで竜が”神聖”と呼んでいたエネルギーも強くなったからだ。信仰が育んだ神聖がもっと強くなれば、いつの日か山頂には再び竜たちが生まれ落ちるのだろう。そしてあの竜の噓が、ずっとずっとその子たちの穏やかな日々も護るのだろう。 竜のねぐらは。樹々がどんどん葉をつけて育ち、花が咲き誇る花畑になりながら。それでも竜が寝ていた場所だけは薄らかな低い草だけしか生えていなくて、まるで主人の帰りを待っているかのようだった。横に生えている大木だって、かつて竜がいた場所にだけは陰を落とさぬように枝をひそめている。柔らかい陽光がスポットライトのように落ちるそこに、ちょうど美しい竜だけが、居なかった。 「【     】という星に還ってしまったの。もうここには、あの竜は戻ってこないのよ。」 からっぽのねぐらへ、小さい子に言い聞かせるみたいに、自分に言い聞かせるみたいにそう言った。 最期の時、竜は私の名を呼んでから、”【     】に還るよ”とそう言った。 それは ”お前と永遠に一緒にいるよ”と言ってくれたのだと、悲しくて気がおかしくなってしまいそうな私に父が教えてくれた。その言葉が、立ち上がれないくらいにひび割れて粉々になってしまった私のこころを繋ぎとめている。 私生きるよ。生きて、あなたと同じように、死に奪われない何かを握りしめながら死にたい。 そしたら【     】でまた会おう。そうして、「失われないもの」の中にあなたがいたと、証明したい。 あなたからすれば、きっと居眠りほどの時間でしょう。待っていてね。 草花を揺らす風が吹いている。 その風が私の背を撫ぜる。 竜は、竜は、永遠にここにいる。
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