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41 二人のエドガー
そろそろ夕刻になろうとしていた。どんよりした空がさらに暗くなり、まるで押し潰されそうに重たく不気味な雰囲気に包まれている。トラル山のふもとに着いた私はその全貌を伺っていた。
あまり高い山ではない。こんもりとした綺麗な形で、草木が生えていたら観光で訪れるにはちょうどいいだろう。
しかし土砂崩れでもあったのか、山裾には流れ落ちた木と大量の土砂が折り重なっていた。そして山肌はゴツゴツとして固い岩だらけ。
(今はとても観光客向けとは言い難いわね)
私は登山道らしきものを歩いて登り始めたのだが、しばらく歩いているうちに何か違和感を感じ始める。
(何だろう、この山……普通と違う……)
やがて頂上に出た。見渡す限り岩だらけで、これが最近まで緑に覆われていたとはとても思えなかった。じっと見つめているうちに、違和感の正体に気付く。とても小さくゆっくりとだが、岩が上下しているのだ。一定のリズムで……まるで、呼吸しているかのように。
(まさか、この山は)
この山は生きている。そう直感した私は弓を取り出して矢をつがえた。辺りを見回して一番大きな岩の裂け目を狙い、「浄化せよ」と言って矢を放った。
矢は白い光を放ちながら裂け目に吸い込まれていった。するとその裂け目がまばゆく光り出し、岩の一部が溶け始める。そして。
「――エドガー!!」
岩の中に身体が半分埋まった状態で目を閉じているエドガーがいた。
「エドガー! エドガー!」
私は老婆の声のままだったことに気付き、ローブを脱ぎ捨ててエドガーに駆け寄った。首を触り脈を確かめる。
(生きてる。まだ、生きてる。でもひどく体温が低い)
なぜこんな所に埋まっているのだろうか? いや、埋まっているというより岩の一部になっていると言った方が近いだろう。手や足を覆っている岩は、見る間にまた範囲を広げてもう一度エドガーを飲み込もうとしている。
私はエドガーのまわりの岩に向かって何本も矢を放った。その度に岩が浄化され溶けていき、ようやくエドガーの身体が岩から離れた。
「エドガー!」
意識のないまま倒れてきたエドガーの身体を支え、抱き締める。
「しっかりして、エドガー!」
あまりにも身体が冷た過ぎる。このままではきっと死んでしまう。
「どうしてこんなところに……」
「何やってるのさ」
背後から掛けられた声。感情の無い氷のようなその声に危険を感じた私が振り向くと、そこにはエドガーがいた。いや、今私の腕の中にいるエドガーと同じ顔をしたモノが。昨日、私の部屋にいたあいつだ。
「駄目だよ、僕のエドガーを持って行っては」
僕の、ですって? 一瞬で頭に血が上る。
「あなたは、誰なの。エドガーの姿をしたあなたは――ディザストロなの?」
彼は綺麗に口角を上げ、冷たい微笑みを作る。
「災厄、ね……君たちが勝手に僕のことをそう呼んでいるだけだろう」
(やっぱり、これはディザストロだ。何故人間の姿なの? どうしてエドガーを捕らえていたの?)
「君ら人間は、いつも僕の生んだ魔獣を殺してしまう。僕の可愛い子供である魔獣たちをさ。本当に邪魔で鬱陶しいよ。だから今回の目覚めで、人間も妖精も全て殺してしまおうと思ってね」
そう言って恐ろしく冷たい目をした。エドガーと同じ顔なのに、中身が違うだけでこんなにも与える印象が違う。
「ただ、魔獣には知能がない。小さい奴らはもちろん、上位種のドラーゴだって頭の中は空っぽだ。効率的な戦いなんてできやしない。本能のまま、動く相手を攻撃するだけ。だから僕は知能が欲しかった。今度こそ世界を僕らのものにするために」
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