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リリアナが覚悟を決め馬の腹を蹴ろうとしたとき、リベルが「お待ちください」と言った。
「ちょっと、人の決心を鈍らせないでよ!」
虚を突かれたリリアナが思わずそう言うと、リベルが「申し訳ありません」と言った。
「ですが、死者の王が何か言いたいようです」
「モルテッレが?今喚べばいいのかしら?」
「戦に関わることかもしれません。そうしましょう」
リリアナは急いで魔法陣を描くと、モルテッレを召喚した。
「久しいの。お嬢、お主儂の兵を連れて行け」
「そんな、対価もないのにお借りできません」
「対価はもうもらっとるじゃろ。お主、儂のどんぐりの好みを完璧に把握しておる。それにの、儂は怒っておるのじゃ。断りもなく魂を軽々しく扱いおって!全く、こんな無茶苦茶な力の使い方あるか!」
首から錆びた鍵と一緒に「完璧な帽子のついた」どんぐりを下げたモルテッレは、黒い小さな体を伸ばして目いっぱい怒りを表現した。
「まあいいから連れて行け。こやつらもの、お主に手厚く葬られてその礼がしたいのじゃ。のう、お前ら」
モルテッレが両手を掲げると、彼の魔法陣から白い煙のような幽体が立ち上がる。リリアナでなければ卒倒しそうな恐ろしい光景。
幽体は白の濃淡で槍や剣を持った兵士であることがわかる。その数は三十程。
「私こんなにたくさんお見送りしてないですが!?」
「まあ、オマケじゃ。お主のふぁんじゃよ。じゃあお前ら、ちゃんとどんぐりの分は働くんじゃぞ?二度死ぬことはない。安心して出撃せい!」
幽体の兵を残し、モルテッレは去って行った。
「でも心強いわ。みなさん、お世話になります」
幽体兵が武器を掲げて応えた。生きていたら、野太い鬨の声が聞こえたかもしれない。
「出撃よ」
今度こそ馬の腹を蹴ったリリアナは、既に合戦が始まった戦地へと駆け出した。
その頃レナートの軍は既に押されていた。
可能な限り弓箭兵で数を削ろうとしたものの、普通なら矢を受けて怯むはずの人間も、狂戦士となると全く怯まず勢いが衰えない。
敵の歩兵の層は厚く、それらが次々と狂戦士となり襲い掛かって来る。
戦慣れしていないレアルクラシスの歩兵は、その姿に怖気づいてしまい逃げ出すので、用意した投石器もうまく機能していない。
早くも陣に混乱が生じ、レナートと将校の指揮でもどうにもならない状態に追い込まれた。
「下がれ!堀を使うぞ!歩兵は下がれ!」
角笛が慣らされ、次の指令が響き渡る。しかし混乱した歩兵は言うことを聞かず、指令に従う者もいれば逃げまどう者もいる。
その合間を縫って作戦を執行したい騎兵が進もうとして進めず、事態は悪くなるばかりだった。
今まで普通の戦しかしたことがない。
秘術に対する兵法なんて、レナートでもわからなかった。
「リオ!リオはいないか!!」
「殿下ぁ!こちらに!!」
呼ばれた将校が狂戦士をなぎ倒しながらレナートの元へ来た。レナートも近くの狂戦士を切り伏せる。
「頼みがある。王太子殿下をお連れして離脱しろ」
「ですがまだ時期尚早ではありませんか?」
「リオ、わかるだろう。今王太子殿下を失うことは絶対にあってはならない」
わかるだろうとは、父王のことだった。
彼の息が長くないであろうことは、王宮の上部は皆知っている。
「同じように離脱したいものがいれば咎めなくていい。これは戦うだけ死者を増やす…異常な戦いだ」
「ですが王太子殿下が素直に離脱してくれるとは…っ!」
話をしている間にも襲い掛かって来る狂戦士。これほどレアルクラシスが損害を出しておいて、エステリアの数はほとんど減ったようには感じなかった。
周囲の兵士が散ったため、レナートにも更なる狂戦士が群がる。
「リオ!行け!」
声が届いたかわからない。戦っている間に姿が見えなくなってしまった。
「なにっ!」
突然馬がよろめいて落馬してしまう。狂戦士が馬を先に攻撃したのだ。
投げ出されたレナートは、それでも受け身を取って無事だが、追撃を逃れることはできない。
その時、場違いな梟の声が聞こえた。
直後、群がる狂戦士がよろめく。
倒れた狂戦士の向こうに立っていたのは、これも場違いな執事服の若い男。
「リベル!?」
レナートが驚きに目を見張ると、彼はさらに起き上がろうとする狂戦士に爪の一撃を加えた。心臓に深々と突き刺さり、身体の機能が停止した狂戦士は、流石に起きてくることはなかった。
「リリアナは!?」
「あちらに」
リベルが指示した方を見ると、見慣れぬ黒いローブを纏い馬を疾走させるリリアナがいた。首に下がった魔術めいた装飾に、手には牡鹿の角のついた杖を持っている。そして彼女を囲うように滑る白い兵士のような軍勢。
死の女神でも来たのかと思うような、おぞましくも美しい光景。
「あれは!?」
いつもと全く雰囲気の違うリリアナに、レナートも驚いた。恐らくは魔女の正装なのだろうが、それが余計にこれから不穏なことが起こるような気にさせる。
「この狂戦士はあなた方の手には負えません。リリアナ様は最初からお助けしようとなさっていました。あの兵隊は私も予想外でしたが」
「まさかあれは幽霊なのか?」
「そのようなものです。皆元この国の兵士ですよ」
レナートがかつての部下だった者を見る。幽体兵はリリアナの周りにいる狂戦士に体当たりしていた。
しばらく中に留まったかと思うと出て来て、また次の狂戦士へ取り憑く。
幽体兵が狂戦士を直接的に殺すわけではなかった。
取り憑くと自分が体験した死を見せる。
死を疑似体験し、狂戦士の中に残っていた恐怖心が爆発的に膨れ上がることで正気を取り戻し、魂の束縛を断ち切る。
この方法なら殺さず無力化できる。
取り憑かれると数秒して頭をかきむしるように暴れるもの、あるいは奇声を上げて武器を振り回すもの。さらに数秒すると、皆茫然自失となって地面にへたり込んだ。
こうなるともう狂戦士の術が解けるだけでなく、戦意すら喪失して動こうとはしない。
三十体ばかりいる幽体兵は、そうやって次々取り憑くと狂戦士を無力化していった。
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