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ep8
(良かったな、セリス。幸せにな。)
そんな仲睦まじい二人の様子を、影から密かに見ていた人物がいた。セリスと戦った男である。
イアンは灰色の髪の男の存在に気がつくと、セリスを止めさせて話しかける。
「セリス、あそこに誰か居るぞ」
「え?………あ、あの人は私が戦った…」
「と言うことは、本当の親父さんか?」
「うん。会った事ないから解らないけど、多分そうなのかな?」
「だったら、ちゃんと話せよ。」
「そうだね。」
二人がヒソヒソと会話していると、灰色の髪の男はその場を立ち去ろうとする。
セリスは慌てて、その男を引き留めた。
「あの!待ってください!」
「………」
それに気がついた男は、何も言わずに立ち止まる。振り向きもしない。
「私は、貴方の話がしたいんです!」
「話すことなどない。」
「私には、あるんです!お願いですから、こちらに来てくれませんか?」
「………」
暫く黙り込んだ後、二人の方へと歩き出す。それは、実の娘からの頼みに葛藤しているようにも窺えた。しかし、覚悟を決めたのか、二人の方へと歩き出す。
そして、彼らの前に着くと、外套のフードを外した。中から露わになったのは、灰色の短髪と、セリスと同じ黒い瞳、やや痩せた頬だった。齢四十くらいだろう。
「あ、来てくれてありがとうございます!私は…」
「挨拶は良い。話と言うのは?」
セリスの挨拶を遮るように、言葉を被せ、話を促す男。
セリスは、一瞬驚き目を丸くするが、直ぐに本題に入った。
「あ、はい。あの…。あなたは、本当に…私の本当のお父さん、なんですか?」
「…いや、違うよ。……俺には君のような立派な娘なんて居ない。人違いじゃないか?」
「本当に…。本当に違うんですか?バルファスの言ってた事を信じる訳ではないけど、じゃあ何で私の事を知ってるって言ったんですか?聖天魔法の事だって。」
セリスは、灰色の髪の男の目を見つめて、矢継ぎ早に尋ねる。
イアンは、彼女が言っている事を聞いていない為、黙って二人の様子を窺っている。
灰色の髪の男は、隠せないと思ったのか、ため息をつくと、重い口を開いた。
「……、はぁ、言うつもりはなかったんだが…。そういう所は、母親にそっくりだな。」
「お母さんに、ですか?」
「あぁ…。本当のな。ルナも優しく芯い女だった。俺の名前はカイル。カイル・アルセウス。君とは血が繫がっている事は間違いないよ。父親と言っていいのかは分からないが。」
それから、カイルと名乗った男は二十数年前に何があったのかを語りだした。
セリスが生まれて数ヶ月が経った頃。
当主、アルセウス一族の当主だったカイルは、人里から少し離れた場所で、妻のルナと、まだ赤子のセリス、それから数人の使用人で住んでいた。
特に何不自由なく、三人は幸せに暮らしていた。
そんなある日、事件は起きた。
それは、月が雲に隠れた闇夜の事だった。
誰もが寝静まった夜半時、館が襲撃されたのだ。
この襲撃は、バルファスを筆頭としたアルセウス一族をよく思わない者達による物だった。
カイルは、その奇襲にいち早く気がつき、ルナと赤子のセリスを館から逃がした。
そして、彼は囮となり、バルファス達と戦った。
そこへ、逃げたはずのルナが戻ってきた。
「何故、戻ってきたと問えば、俺が心配だから、自分も戦うと答えたんだ。セリスは村の人に預けたから問題無いと」
「そんな……。」
「あぁ。本当に困った女だったよ……。でも、俺は嬉しかったんだ。それに、使用人も全員殺られていて、残りは俺だけだったから正直助かったのも事実だ。」
当時の事を思い出しながら語るカイルの表情は、とても穏やかなものだった。
しかし次の瞬間には険しい顔になり、拳を握ると話を続ける。
「だが、ルナは俺を庇って命を落とした。バルファスに殺されたんだ。バルファスの放った矢に撃たれてな。後悔しても、しきれない。無理矢理にでも、追い払えば良かったってな。」
「………っ」
「セリスが俺の二の舞を踏まなくて良かった。こんな思いをするのは俺だけでいい。」
セリスと共に全てを聞き終えたイアンはあまりの凄絶さに絶句した。そして、カイルの気持ちが痛いほど良く解った。
もし、セリスが自分を庇って死んだら、死ぬほど後悔するだろう。荒れ狂う自信しかない。彼は思わず眉を潜める。
セリスの目は潤み、今にも泣きそうだ。
「それから、俺はセリスだけでも守ろうと、子供の事…セリスの事を隠し、バルファスに力を貸す。だから代わりに、見逃してくれと頼み込んだ。
護るためとは言え、お前を捨てたも当然だ。俺には父親と呼ばれる資格はないんだよ。」
「そんなことはない!絶対に!貴方がそうしてくれたから、私はイアンと出会えたし、魔法士にもなれた!」
「ははっ。そう言って貰えると嬉しいよ。」
自嘲気味に笑って話すカイルを、セリスは首をブンブンと振って直ぐ様否定した。
その声は涙声だ。今まで泣くまいと必死に堪えていたものが、ついに言葉と同時に溢れたようだ。
彼女の反応にカイルは、目を丸くし、嬉しそうな且つ困ったような顔で笑った。イアンは、そんな二人を微笑ましく見ていた。
「ごめんなさい。私が泣くことじゃないのに。……じゃあ、バルファスが言ってた国を裏切ったって言うのは?」
「いや。アルセウス一族と王族が共に国を作ったって言うのは聞いてるか?」
「うん。」
セリスは涙を拭うと、今度は神妙な面持ちで頷いた。
「そうか。なら話は早いな。それぞれの初代が共に国を作ってから、アルセウス一族と王族は協定関係だった。協力して国を守っていく事、闇の勢力に力は貸さない事、この2つが絶対条件だった。」
「その条件を、お父さんは破った、と?」
「そう言う事だ。」
カイルは、セリスの問いに答えると目を伏せた。
「でも、バルファスは継承の阻止って言ってたけど……何でお父さんの懇願を受け入れたの?お父さんが生きてたら、できちゃうのに。」
「あぁ、それは聖天魔法と正反対の闇の魔力を身体に入れると、聖天魔法は使えなくからな。それを言ったんだ。」
「そうなんだ。あと、一つ聞きたいんだけど。さっき私の髪と目の色が変わったのは何だったの?」
「あぁ…、それこそが真の覚醒の姿だ。だ。聖天魔法は、想いが強ければ強いほど覚醒度が増し、神が加護を与えてくださる。その証に髪と目の色が変わるんだ。」
「なるほど、だから…。」
イアンは、二人の会話を聞きながら先程の苦しみの中でみたセリスの姿を思い出す。髪と目の色が変わるだけではなく、神々しく輝いていた。あれが、その証なのだろう。
そんな事を考えいた折…。
「君はイアン君だったかな?」
「あ、はい!イアン=ヴァイオレンです。」
「そんなに緊張しないでくれ。君がセリスをいつも支えてくれていたんだね。ありがとう」
「えっ、いや。いつも支えられてるのは俺の方です。」
「そうかい。これからもセリスの事を宜しく頼むよ。」
「はい!」
突然カイルに話しかけられて、イアンは気を引き締めて、半安座の状態で背筋を伸ばし挨拶した。
そんな彼に、カイルは微苦笑する。
そして、立ち上がると、もう話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。バルファスの事は、俺がどうにかする。」
「一緒には居られないの?」
「俺は裏切り者だから、この国には居られない。」
「そっか…、お父さんはこれからどうするの?」
「俺は、まぁ何処かに身でも隠すさ。」
そう言うとカイルは二人に背を向け歩き出した。その背中に向かって、イアンが声をかけた。
「あの!セリスの事は、絶対に俺が護ります!護り抜きます!だから!安心して下さい!」
「あぁ、任せたよ。」
カイルはそう言うと、手を振って立ち去った。その背中が見えなくなると、二人は城に戻ったのだった。
全てが終わったのは、日が西に傾き始めた頃だった。
襲撃から、一ヶ月後。
エスカーラ城の修復も済み、落ち着きを取り戻した。
その日の初更、イアンがセリスを城の中庭に呼び出した。
夜空には満天の星が輝き、穏やかな風が吹いている。庭の中央の青草に囲われた池には碧水が溜まっている。
「どうしたの?」
「なぁ、セリス。その…襲撃事件の前に言ったこと、覚えてるか?」
「う、うん。あの廊下のだよね?」
「あの時、言いそびれたからな。今度こそ言う。その…だな…だから…」
イアンは、顔を赤くし視線を彷徨わせる。言おうとしている言葉は、照れからか、なかなか告げる事が出来ないでいる。
しかし、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ポケットからピンクダイヤの指輪を取り出し、セリスの前に差し出した。それは婚約指輪だった。
「これって…、」
セリスは、差し出された物に目を見開き、イアンとそれを交互に見る。
「お前の父親にも挨拶したしな。まぁ、そういうことだ。嫌か?」
「ううん、嫌じゃない。私もイアンと結婚したい。ありがとう、イアン!」
珍しく、自信なさげに言うイアンに、セリスは、首を横に振り涙ぐみながら言う。
「そうか、なら良かった。」
イアンは、その台詞にホッとしたのか表情が和らぐ。
「これ、嵌めてもいい?」
「あぁ。」
セリスは、指輪を受け取ると左手の薬指にゆっくりと嵌める。
そして、二人は見つめ合うと、どちらともなくキスをした。
夜空には、二人を祝福するように景星が現れた。
それから、数日後。
イアンとセリスは結婚式を挙げることになった。
場所は、セレスティア城の一室でやることにした。
セリスは純白のウェディングドレスで身を包み、照れ臭そうに、でも幸せそうに笑っている。その横には、同じように純白のタキシードを着たイアンがいる。
神父の代わりを国王が勤め、セリスとイアンは、誓いの言葉を述べる。
「ここに二人を夫婦と認める。」
国王は、宣言するように言い、それを聞いたイアンは、セリスの左手を取る。そして、薬指に光るピンクダイヤの婚約指輪に口付けた。
「これからも、ずっと、お前も護り続ける。
」
イアンは、そう言うと微笑む。
セリスも嬉しそうに笑う。
二人は、会場にいる仲間たちから暖かい拍手で祝福されたのだった。
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