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正人は迷いに迷って買った駅弁には手をつけず、函館行きの新幹線のシートに深く座り、胸のざわつきを必死に抑えていた。
『凛子ちゃんも正人に会いたがってるわ。もう、あれから三年も経つのよ。いい加減、帰って来なさいよ』
電話の向こうから聞こえるため息混じりの母の言葉が深く胸に刺さった。
凛子は兄、隼人の妻になった女性で、初めて正人が本気で好きになったひとだった。二人と対面した場面を想像して、思わず目を閉じる。隼人と自分を比べて一方的に劣等感を抱いたり、凛子への気持ちを今更蒸し返したくはない。新幹線の揺れに身体を預けて眠ってしまおうと、無理やり意識を沈ませた。
「本当に正人は新幹線が好きだよな」
耳元で隼人の囁き声がした。
「――えっ」
目を開けるとそこは公園だった。住宅街にある昔ながらの遊具がぽつぽつとあるだけの素朴な公園で、誰もいなかった。
「うわっ」
危うくバランスを崩し落ちそうになったのは新幹線の座席からではなく、新幹線型の遊具だった。大の大人が乗れる代物ではない。
「嘘だろ」
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