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03
順平と洋太がつき合い始めてから二回目のデートの数日後。
洋太は、ようやく夏の日差しが弱まってきた午後遅く、普段用の黒い法衣に簡易的な袈裟、白足袋と草履という格好で自転車に乗り、K市の観光エリアからは外れた地元庶民の利用する商店街を、時折汗を拭いながら走っていた。
寺の仕事には復帰して、お盆の最繁忙期前に檀家の一軒から法事の段取りの相談で呼び出され、その帰り道だった。もう夕方近いので、この後は特に用事も入っていないし、何か冷たいデザートでも買って帰ろうかな……と思っていたところ――。
商店街といっても特にアーケードなどがあるわけではなく、古くからある通りの両側に肉屋や金物屋、個人経営の飲食店や小さい事務所などが並んでいる一角で、洋太が所属している駅伝チームの商店街とはまた別の地区だった。
和菓子屋でみつまめを買うか、コンビニでアイスを買うか迷っていた時。ふと通りの向こうから視線を感じて振り返ると、両手に食品を入れるような紙製の箱を抱えた大柄な金髪の男性が、立ち止まってこっちを凝視していた。その顔に見覚えがある。
「あれ? もしかして、マクレガーさん……?」
それは、あの海水浴場での事故の時の、洋太に当たったサーフボードの持ち主の元米兵の白人男性だった。
「うわっ、偶然ですねー! こんなところで何してるんですか?」
知り合いを見つけた洋太が、自転車を押しながら嬉しそうな笑顔で近づいて行くと。大柄な白人男性が箱を片手で持ったまま、もう一方の手で口元を抑えながら、何やらふるふると震えている。金色の髭を生やした口から出て来たのは
「オウ……! ジャパニーズモンク……ソー、クール‼」
「えっ? クールって、オレが……?」
大柄な白人男性が、興奮で顔を紅潮させながら、感動したように洋太を上から下まで見回している。洋太は状況がよくわからないながら、何となく褒められているような気はしたので、自分もちょっと赤くなりながら頭を掻いていた。
と、そこへすぐ目の前にあった低層ビルの診療所の入り口から、同じくらい大柄な、介護士のような白衣姿の日本人男性が顔を出して、こちらに声を掛けて来た。
「ショーン? そこで何をしているんだ……あ、君は……洋太君?!」
「佐野さんまで? このへんにお住まいだったんですか? うわっ、全然知りませんでした……」
事故の後、洋太の実家に連れだって謝罪に来た時、通訳をしていたのが、いま洋太を見下ろしながら眼鏡の奥で穏やかに微笑んでいる佐野圭一郎だった。
元米兵の名前はショーン・マクレガーといい、あの時は友人だと紹介していた。
「ああ、このあたりに越して来たのは、つい最近だからね。この店舗にたまたま空きが出て――」
そこで、マクレガーがビー玉みたいな青い目をきらきらさせながら佐野に何か話しかけ、紙箱を持ってもらうと、洋太に断ってから嬉しそうにスマホで僧服姿の写真を何枚も撮り始めた。最終的には、二人で肩を組んだところを佐野に撮ってもらう。
「……ごめんね。外国人あるあるなんだけど、彼は忍者とか、侍とか、そういうのに憧れてて……和服だと、彼らには同じように見えるんだろうね」
佐野が苦笑しながら説明してくれた。洋太も悪い気はしなかったので、笑いながらマクレガーの分厚い大きな手と握手した。
その後、洋太は休憩時間だったらしい佐野からお茶に呼ばれ、少しだけお邪魔することにした。新しく内装工事が終わったばかりの整体の診療所は、綺麗に掃除が行き届いていて、いかにも思慮深そうな佐野の人柄が伺えた。
マクレガーは、近くにあるカフェの店頭に置かせてもらう自作のパンを焼いているそうで、その新作の相談のために席を外していた。
「あんな大男の趣味がパン作りなんて、ちょっと意外だろう? ああ見えて、手先が凄く器用なんだよ」
友人が出て行ったドアを優しい眼で見やりながら、佐野が言った。
洋太は診療所の椅子に座って、出された冷たい麦茶を飲みながら、以前この二人を見た時に感じた印象を、また新たにしていた。二人の関係は、たぶん――。
何となく気にはなるけれど、そんなプライベートなことを話す間柄でもないし……と、洋太が少し迷って俯いていると。察したらしい佐野のほうから話を向けて来た。
「……もしかして、僕らがどういう関係なのか、気になってる?」
「え? い、いや……別に……」
「たぶん、君が想像している通りだよ」
「……あ……」
はっ、と顔を上げた洋太だったが、そのまま赤くなってまた下を向いてしまった。自分は、それを聞いて何を言うつもりだったのだろう? と考えたら、うまく言葉が出て来なかったのだ。
戸惑ったように黙っている洋太に、佐野が穏やかに話しかけた。
「……もし僕に訊きたいことがあるなら、何でも訊いてくれて構わないよ。君には、ショーンが大変な迷惑を掛けてしまったから、僕でよければ代わりに罪滅ぼしをさせて欲しいと思っていたしね……」
「そんなに……マクレガーさんのことを……?」
ごく自然な佐野の語り口に、洋太が少し驚いたように問い返した。それに、佐野が黒縁の眼鏡の奥で涼しげな切れ長の眼を細めて、確信を込めて深く頷いた。
「ああ。大事な”友人”だ。……いや、もっとはっきり言おうかな。彼と僕は、一緒に暮らして、交際しているんだよ」
「……」
「これは、答えなくても全然いいんだけど。……もしも間違ってなければ、君も……かな?」
洋太が数呼吸おいた後で、頬を赤らめながら……こくん、と小さく頷いた。
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