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「アキちゃんっていたじゃない?ほら、小さい頃よく遊んでたでしょ。覚えてない?
義理母は、なんの他意もなく、一つの悪意もなく、そう話し始めた。
「この間ばったり駅で会ってね。よくよく話を聞いたら、アキちゃん、今この近所に住んでるらしいのよ。あなた、知ってた?」
義理母は夫を振り返った。
夫からも同じような曇りのない笑顔が返ってくるだろうとひとかけらの疑いもない表情で。
しかし夫が返したのは、
「――知らなかった」
明らかな動揺と、
「――大人になってから会ってないし」
機嫌の悪そうなため息と、
「――っていうか、そんな昔のこと引っ張り出してくるのやめてくれる?」
深く眉間に寄せた皺だった。
まるで誰かにレッドカーペットを敷かれたような順風満帆な人生に、
絵に描いたように幸せで平穏な日常に、
確かなヒビが入ったあの日あの瞬間を、
私は生涯、忘れることはないだろう。
アキ。
思えばそれが、私とアキの始まりだった。
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