番外編 姫との夏休み

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 食事を済ませて少しだけお土産を買うと、いい時間になった。咲真は片山と保安検査場のゲートに並んで、トレーにキャリーケースを置く。X線検査のカーテンの中に順番に吸い込まれる荷物を見送りながら、着替えと楽譜しか入っていない割に重いと、笑い合った。  キャリーケースと鞄を検査台から降ろしながら、片山は言った。 「俺ほんと東京出てくるの気が進まなかったんだけど、今はちょっと良かったかなと思ってる」 「おう、気持ちも童貞でなくなったんやな」 「そうそう、擦れてしまったよぉ……」  謎の節をつけて片山が詠嘆するので、咲真は笑ってしまう。掲示板を確認すると、伊丹行きの搭乗口のほうが、検査場に近かった。新千歳行きは、ひとつ奥の搭乗口のようだった。  もうここで別れても良かったのだが、片山の飛行機の搭乗開始時間まであと20分ある。咲真は、伊丹行きの搭乗口の前に並ぶソファをやり過ごす。片山はえっ、と小さく言い、咲真を見た。 「どうしたんだ、北海道に来ることにした?」 「ついて行っていいですか? ……いやいや違うって、まだ時間あるからおしゃべりしましょ」  言いながら咲真が首を傾げると、片山はいひひ、と楽し気に笑う。そして窓の外に目を遣った。 「卒業するまでに1回来いよ、俺も関西は全然知らないから行きたい」  咲真も窓の外を見る。こちらに頭を向けて待機する飛行機たちの向こうで、一機が晴れた空に軽やかに飛び立って行った。夏の太陽の光に、機体がきらきらしている。 「関西は暑いで、その辺覚悟しとけよ」 「それ微妙……松本は夏に札幌に避暑に来たらいいよ、俺は冬に神戸に行くわ」  きれいな形の目が笑っている。卒業するまでに1回、卒業してからもまたいつか。今後お互い海外に飛び出すこともあり得るので、約束はできないけれど、そうできればいいと思う。  ソファに並んで座り、次々と流れる登場案内を聞き流しながら、咲真はレストランでのコンサートについて、現時点での決定事項などを片山に話した。彼は頼りになる共演者になってくれそうだった。 「楽しみだなぁ」 「終わったら2人で打ち上げしよか」 「しようしよう」  ピンポン、とチャイムが鳴る。片山が乗る便の、優先搭乗が始まるようだった。おぼこい男子とはしばしのお別れだ。お互い実家でしっかり練習して、休み明けにいいものを持ち寄れたらいいなと、咲真は思った。
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