見つけた未来

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香ばしい匂いと一緒に、彼が戻ってきた。 「ほい」 「ありがと」  湯気の立つマグカップを受け取って、早速ひとくち(すす)る。 「あ。クッキー残ってたよね」  私は棚から綺麗な缶を取り出した。 ふたを開けると、可愛いプチフールが並んでいる。 ひとつをつまんで口に入れ、バターの香りとほろほろとほどける食感を味わう。 「んー。コーヒーと合うね」 「だな」  私を見つめる彼の口元が(ほころ)んでる。 「何?」 「いや。何か、こういうのが幸せって言うのかなーなんて、ふと思っちゃって」 「…そうかも」  嬉しかったけど恥ずかしくもあって、私はそれだけ言ってまたコーヒーを飲んだ。 「なあ、澪」 「ん?」 「俺の才能、見つけてくれてありがとな」  あの短歌を褒められたことが、自分を言葉の世界へ導いた。彼はそう思っている。 「左手の魔法だな」 「そういう言葉がすっと出てくるのは、(あつし)の元から持ってるセンスだと思うよ」 「それでも、気がついたのは君のおかげだ」 「どういたしまして」 でもね それを言うなら 「篤も、私の居場所を見つけてくれてありがとう」 「それほどでも」  いつもとほんの少し違うことを試してみただけ。 こんな素敵な未来が待ってるとは、夢にも思わなかった。 彼は私のおかげだと言ってくれるけど、それだって彼に元気をわけてもらったから出来たこと。 スケッチブックを抱えていた内気な女の子は、今は絵の世界だけじゃなく、毎日を自由に飛び回れる翼を手に入れた。 「いつ見ても、コレいいよな」  仕事部屋の壁には、私が描いた彼の姿が今も飾ってある。シュートを決めた瞬間だ。ラフな鉛筆画だけど、彼が一番気に入ってくれた絵だった。 「澪のデッサン画で個展が開けたらって思うよ。もっとたくさんの人に見てもらいたい」 「ほとんどが篤の絵だから、飽きるかもよ」 「ははっ。それじゃ、惚気(のろけ)みたいだな」  夕陽が射し込み、絵がオレンジ色に染まる。 一瞬だけ、あの時の光景がよみがえる。 それから今の幸せをかみしめて、ふたりで顔を見合わせて笑った。
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