忘れもの

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 乗り込みながら話す育実がなんだかいつもより表情が明るい。なにか良いことでもあった? と聞こうとする前に、育実が口を開いた。 「お母さん聞いて! この前のテストでSクラスに上がれたよ!」 「え! すごいじゃん!」  テストの順位でクラス分けされ、Sクラスは一番上のクラスだ。 「塾長が『頑張って志望校ワンランクあげるか?』って言ってくれて、私、北高受けることにした。あ〜、頑張って良かった〜!」  小さな手で私の手を握り歩いていたあの子は、もう一人で歩けるし、自分の力で未来を切り拓こうとしている。それでもまだどこか危なっかしくて、少し離れたところからハラハラしながら見ている。あと少しで背も抜かれそう。もうこんなにも大きくなっている。 「北高行ったら、弓道部に入部する」  そこは宗佑が所属していたところだ。 「弓道やるお兄ちゃんかっこよかったから」  今日はご機嫌だからかとても饒舌だ。なんだかんだ言いつつも、お兄ちゃんが大好きなところも変わらない。そんな娘を見て、私も頬が緩む。 「いいね! 頑張りなさい。お母さんも応援してるから」  私はウインカーを出してアクセルをゆっくり踏んだ。ルームミラー越しに見る育実は相変わらずイヤホンで音楽を聴いている。 「あ、イヤホンあったよ」  思い出して口にしたが、もう彼女は好きな歌だけの世界にいる。やれやれと思ってはいるけど、ため息をつく私はいない。走る車から見る街の明かりがいつもよりキラキラと輝いて見えた。
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