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こうしてカイリはミナトをモデルにした絵を描き始めた。
最初は肩あたりまでのデッサン。
それを見たミナトは、あまりにも自分そっくりな精巧さに驚きの声を漏らした。
絵の中の自分が今にも喋り出しそうなほど生き生きとしており、ミナトはその絵を一目で気に入った。
それから、大好きなサッカーボールを抱えている上半身までの絵も描いてもらった。
サッカーの試合に出た時、親に撮ってもらったゴールを決める瞬間の自身の写真よりも、
ただボールを抱えているだけのカイリの絵の方が好きだと思った。
次は全身を描いてもらった。
今度はちょっと知的な雰囲気に見せたくて、椅子に座って読書する姿を描いてもらった。
手元を描く時以外は紙をめくっても良いと言われたので、ミナトは図書室から『デルトラクエスト』を借りてきた。
ハラハラドキドキな主人公たちの冒険譚に息を呑んだり笑みを浮かべたりしながら読み進めていると、
『顔、全然知的な感じになってないよ』
とカイリに茶化された。
——こうしてカイリに三枚の自分の絵を描いてもらい、すっかり嬉しくなったミナトは
三年生になった春のある時、カイリにこう提案した。
「サッカーボールを持ってる姿とか、読書をする姿とか、今まで俺のリクエストするシチュエーションで描いてもらってきたじゃん?
次の絵はカイリが希望するイメージで描こうぜ!」
「僕の希望?」
「おう!特別サービスでメイド服姿になってやってもいいぜ?通販でやっすいやつ買えるしさ」
「そんなものを描く趣味はない」
「もしかしてナース派だった?それかチャイナ服にしとく?」
「さっきから服装の話しかしてないけど……
俺が指定したら、どんな格好でもしてくれるの?」
「いいよ〜?俺、なんでも似合っちゃうし!知らんけど」
ミナトが悪戯っぽく笑うと、カイリは暫くの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……じゃあ……、裸になって」
「——は?」
「ミナトのヌードを描かせてよ」
「……はあぁ!?」
ミナトは思わず後ずさった。
「おま……おまっ!おまえっ!
何考えてんだよー!?変態かよ!?」
「服装、何でもいいって言ったじゃん」
「裸って服装じゃないじゃん!?
っていうか、ヌードってほら……あれだろ?
女体とかを描くもんじゃないのか!?」
「男体だってヌードの作品はいっぱいあるよ。ミナト知らない?」
カイリはそう言って鞄からスマホを取り出すと、有名どころのヌード画像を検索してミナトに見せた。
「ほら、これとか……」
「あー。なんかテレビで見たことあるかも」
「これも」
「あ、これ有名なやつだよな?」
「これだってそうだよ」
「……言われてみたら、結構あるんだな。男の裸の絵」
カイリはスマホを仕舞うと、真面目な顔でミナトに言った。
「ヌードって芸術なんだよ」
「お、おう……。俺はそんなに見識ないけど……カイリが言うならそうなんだろーな」
「だから芸術としてミナトのヌードを描かせて」
「いやあ、でも……。
俺さっきの絵の人たちみたいなムキムキじゃ無いし……」
「ミナト、サッカーで鍛えてるでしょ。
それに筋肉があるかどうかなんて気にしてない。
ヒトの身体ってそもそもが美しい造りをしているんだから、ミナトがどんな体型であっても既に美として完成されてるんだよ」
「えー。そ、そう……?」
ミナトは思わず照れながら、
「どうしよっかな……」
と呟いた。
カイリの絵は心奪われるほど綺麗で好きだ。
そんなカイリに自分の姿を描いてもらって、自分のことをもっと好きになれた。
——今まで、俺は自分のことがあんまり好きじゃなかった。
小さな島の中で、トモヤやいつメン、大人達の顔色を伺いながら生きている今の俺は、正直情けないヤツだと思ってる。
カイリみたいに、自分は自分だって芯を持ってる男になれたらいいのにと思う。
カイリのように好きなことを突き詰めて、好きなことと真剣に向き合えるようなひたむきさが俺にもあれば良かったのに。
本当はもっとサッカーがしたい。
でも親の目やクラスメイトとの付き合いがあるから、勉強やらゲームやら流行りもののチェックやらで無駄な時間を浪費している。
勉強を浪費だと感じるのは、この島には高校がないから。
新作中を卒業したら、ほぼ全員がそのまま家業を継ぐ。
島の外にある高校へ進学する人は皆無で、みんな中学卒業後から働き始める。
この島は観光資源が無くて漁業でなんとか成り立ってるから、子どもを高校に通わせるような金銭的余裕のある家庭は無い。
義務教育を終えたらすぐ働き手に回って、島の人と結婚して子どもを作り、次世代に繋げる——
それが当たり前としてまかり通るような島だから、勉強したって何の意味もない。
ここじゃ真剣に授業を聞いてるのなんてカイリくらいなものだ。
だけどそのお陰かカイリは博識で、俺の知らない世界も沢山知ってて、だから俺は知らないことをカイリから知るのが楽しくて——
そうだ。考えてみれば、今までだって色んなことを教えてくれたのはカイリで、
俺のリクエストする絵を忠実に描いてきてくれたカイリに対して
俺はカイリのために何も返せてないじゃないか。
カイリの方から俺に「こうして欲しい」っていう要望を出したのなんて初めてなんだから、
それに応えてやるのが友達ってもんだろ?
「——分かった。ヌード、やるよ」
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