25歳

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八雲泉?聞いたことないな。 そもそも俺が知ってる画家なんて葛飾北斎とかゴッホとかそのくらいだけど…… 「あー、でも……」 ミナトは気まずそうに頭を掻いた。 「俺、金なくって。 本買うお金も無いくらいの貧乏なんで図書館の常連なんですよ。 美術館のチケットって、1000円くらいしません?」 するとスタッフはぶんぶんとかぶりを振ってみせた。 「いーえ!この展示会は無料でどなたも入れるんです!!」 「えっ、そうなんですか?」 「タダで八雲泉の作品を見れるなんて中々ないチャンスですよ」 「……じゃあ、次の休みに行ってみようかな」 「ぜひ!——あっ、もし展示会でアンケートを書くコーナーに通りがかったら、 『どこでこの企画を知りましたか?』の設問にウチの図書館の名前を書いてもらえると嬉しいです!」 「はは、了解です」 ミナトは展示会の場所のメモを取らせてもらうと、軽く世間話をしてスタッフと別れた。 数日後——いつもは朝晩みっちりバイトを詰めているミナトだが、 この日は夕方からフリーだったため、例の展示会に足を運んでみることにした。 閉館時間間際であるためか、会場は比較的空いていた。 画家ごとにコーナーが分かれており、ミナトは順路通りに展示を観て行った。 ……あー、ダメだ。 一枚一枚を流し見ながら、ミナトは心の中でため息をついた。 『芸術は心で感じるもの』って言われたけど、絵を見ていても何も心が動かない。 他の人は、立ち止まって一つ一つにじっくり目を通しているけれど、何をそんなに観察するものがあるんだろう?と不思議でならない。 やっぱ、俺って場違いだったかな。 もっと教養があって芸術の見識のある人じゃないと、絵を見て楽しむなんてできないんじゃないか。 ミナトはあっという間に画廊を進んで行くと、最後のコーナーに突き当たった。 えーと、ここから先は『八雲泉』の作品群か。 ミナトが期待せず絵画に目をやった時—— ミナトはそこで始めて足を止め、絵に釘付けとなった。 「これ——新作島……?」 絵の中に描き出されていたのは、見たことのある風景だった。 グラウンド、フェンス、その先に見える海。 特徴的な岩肌の山に、空を飛んでいる珍しい鳥。 ミナトは一目見て、それが新作中学校の校舎から見える景色だと気がついた。 そして絵のタッチにも見覚えがあった。 描き出された風景は、本物の景色をそのまま切り取ったように正確なのだが、色調は独特なもので、目に焼き付くような鮮烈さがある。 どうしてこの物体にこの色を使ったのか?と問いたくなるような、色味だけが現実離れした描かれ方をされている。 手法自体は、もしかすると他の画家も取り入れるものかもしれないが 新作島の風景を、この独特な色使いで描く人間は一人しかいないと思った。 「……いや」 そんなはずはない。 もう死んでるんだから。 この絵を描いたのが、カイリなわけがない。 そもそも名前だって違うし…… もしかしたらこの『八雲泉』って人が新作島を旅行したことがあって、新作中で風景画を描いただけかもしれないだろ。 ミナトは、淡い予感をすぐに否定し、他の作品に目を向けた。 見たことのない場所の風景画、物体の模写など、他の作品は新作島とは一切関係のないような内容だったが、そのタッチはやはり見覚えのある癖のように思えてならなかった。 ——ミナトが遠い記憶を引っ張り出しながらじっくり鑑賞していると、遠くからひそひそと話す声が聞こえてきた。 「ねえ……あの人……じゃない?」
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