マッサージ

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マッサージ

「痛くないか?」 「全然。すごく気持ちいいです」  稀一と過去の話をしたあと、彼は詩音にハーブティーを淹れてくれた。一息ついたころに、左手がむくまないように指の先端から付け根に向かって圧迫するようにマッサージをしてくれる。彼の手の動きを見ながら、ほうっと息をついた。  稀一は骨折してから毎日マッサージをしてくれる。その気遣いが嬉しくて、いつもつい甘えてしまうのだ。 (気持ちいい……)  詩音は目を閉じて彼に身を任せた。すると、左手のマッサージを終えた彼が次は右手に触れる。これはいつもどおりだ。彼はヒビの入っていない右手も同様にマッサージをしてくれる。 「っ!」  そのとき、稀一が詩音の肘から前腕部、そして手のひらへとなめらかに手をすべせた。 (え?)  稀一の手の動きがいつもと少し違う気がして、目を開けて困惑気味に彼を見つめる。 (何? なんだか……ぞわぞわする) 「あ、あの、ごめんなさい。ちょっと待ってください……」  なぞるように動く彼の手がマッサージで得られるのとは違う気持ち良さを生む気がして、詩音は思わず手を引いて彼の手から逃げた。  稀一とは毎晩エッチをしている。だから、きっとこの触り方はお誘いということなのだろうか? (だからってマッサージでエッチな触り方をするなんて……)  意図をはかりかねて右手をさすり、困ったように彼を見つめた。 「悪い。痛かったか?」 「へ? い、いえ、痛くはないです……」 「それならいいんだが、痛いときは我慢せずに言えよ」 「え、えっと……はい」 (あれ?)  真剣な表情でそう言う稀一に詩音は頭の中に疑問符が浮かんだ。わざとそういう触り方をしていると思ったのだが、どうやら違うらしい。  勘違いだと分かると途端に顔に熱が集まってくる。 (やだ。これじゃ欲求不満みたいじゃない。恥ずかしい……!)  稀一の初恋が自分だと聞いたからだろうか。変に心が浮き立って、体が変になってしまったのかもしれない。  詩音はどうしたらいいか分からず赤くなった顔を隠すように俯いた。 「ひゃっ」  その瞬間、稀一の手が詩音の手のひらをつーっとなぞった。思考がほかのところにいっていて油断をしていたこともあり、体が大きく跳ねてしまう。  すると、稀一が詩音の顔を覗き込んだ。 「どうした?」 「い、いえっ、なんでも……っ」  彼の顔を見られなくて目を逸らす。その間も稀一の手は詩音に触れる。彼の指の動きに背筋にぞくぞくしたものが走って、慌てて唇を噛んで耐えた。 (だ、だめ。稀一さんはマッサージをしてくれているだけなのに)  それなのに感じてしまう自分が恨めしい。気を抜くと声が出てしまいそうな自分が嫌で、詩音は彼の手から逃げるようにまた手を引いた。 「き、稀一さん。もういいです。あ、あの、ありがとうございました」 「ダメだ」 「え?」  彼は詩音の右手を再度掴む。そして、また手を滑らせた。ぴくんと跳ねてしまった詩音を喉の奥で笑って、耳元に唇を寄せてくる。 「詩音は手のひらも弱かったんだな」 「っ! 違っ!」 「違わないだろう」 「っんぅ」  耳朶を食みながら稀一の手が官能を呼び起こすように動く。彼の言葉でやっぱりわざとやっていたのだと分かった。 「き、稀一さん、やめてください。わ、わたし、ひゃあっ!」 「ただのマッサージなのに感じてしまってどうしようと震える詩音は最高に可愛かったぞ」 「ふぁ、あ……っ」  彼の声と吐息が鼓膜を揺らす。息を吹きかけるように囁かれると、体がぞくぞくして力が抜けてしまう。息が荒くなって、稀一に体を預けそうになった時に彼が詩音の指をきゅっと引っ張った。 「やんっ!」 (ど、どうして……やだ……)  散々弄ばれたせいか、詩音の体は少し刺激を与えられるだけで官能的に受け取ってしまう。慌てて口を覆うと稀一が楽しそうに笑った。 「可愛い」 「意地悪しない、で」 「意地悪なんてしていない。でも毎日教えてるだろ。詩音が恥ずかしがると可愛すぎて、逆効果だって。まあ俺を煽りたいならそのままでいいけど」  そうは言われても恥ずかしがるなというほうが無理だ。いつもは優しい彼がこういう時はすごく意地悪になる。  纏う雰囲気も普段とは全然違う。柔和なものから徐々に変わっていき、今や手の内に入れた獲物を嬉々としていたぶる肉食獣のような雰囲気を醸し出している。  詩音はぶるりと震えて、稀一から顔ごと背けようとした。すると、それを許さないとばかりに唇を奪われてしまう。こうなっては顔を動かすことができない。 「んぅ、ふ……っ、んんぅっ」  口内に入り込んできた舌が、ぬるりと詩音の舌を絡めとる。先ほどまで詩音の右手を撫でていた手が服を乱していった。 「き、いち、さっ……待っ、はぅ!」  自由な左手で彼の胸を押して彼から逃げようとするが、稀一は詩音の左手をそっと掴んで耳朶を噛んだ。 「こら。左手にそんなにも力を入れるな。痛みが出てきたらどうするんだ」 「だってもう痛くないもの。そ、それに稀一さんが、っ」 「俺が?」  そう聞き返した彼は尖らせた舌先を耳の穴に差し込んできた。途端に、体から力が抜けて彼にしがみついてしまう。 「ふぁ……ぁあんっ」  詩音が稀一の腕の中で甘い声を漏らすと、彼は耳の中を舐りながら胸の先端を下着の上から引っ掻いた。 「ああっ!」  耳を犯すぬめりを帯びた舌と水音。焦らすように胸を触る稀一の意地悪な手。そのすべてが詩音を快感に(いざな)った。 「マッサージが嫌なら一緒にお風呂に入ろうか。今日は詩音が望むように体を洗ってやるよ。いつものは物足りないんだろ?」 「~~~っ、ち、違うわ!」  図星をさされて、全身の体温が著しく上がる。  確かに完璧な入浴介助をしてくれる稀一に拍子抜けしたのも事実だ。好きな人にお風呂に入れてもらうなんて、少しエッチな展開になるんじゃないのかなと期待していなかったといえば嘘になる。 (全部バレていたなんて……!)  不埒な自分を知られていたことが猛烈に恥ずかしい。 「はいはい。今日は詩音の期待通りなお風呂にしような」 「だから違うのっ! そんな恥ずかしいこと期待なんてしていません!」  恥ずかしさから逃げようとする詩音をあやすように詩音の服を脱がし、ギプスの専用防水カバーを装着する。 「へぇ。恥ずかしいことを期待してたんだ?」 「~~~っ!」  とても意地悪な表情で笑う稀一を見ながら、詩音は口をぱくぱくとさせた。反論したくてもなんと言えば分からない。  顔を寄せてくる稀一に目をぎゅっと瞑り蚊の鳴くような声で「違うの」と伝えた。けれど、彼は耳の縁を舌でなぞり、耳朶を甘噛みしてくる。 「あっ!」 「今日はお風呂でたくさん恥ずかしいことしような?」  息を吹きかけるように囁かれて体が震える。彼は服を脱がして露わになった詩音の背中を指でつーっとなぞった。 (わ、私、お風呂でどうなっちゃうの?)  密度の濃い夜になりそうだと詩音は息を呑んだ。
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