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プロローグ
「世界はこんなにも美しい」
それが彼の最期の言葉でした。
それはそれは、とても満ち足りた表情で、彼は香り畑の真ん中で、涙を流しながら笑って逝きました。
人は死ぬ直前に、とても美しい光景を見るといいます。
それは「色」と呼ばれています。
昔の人は皆、色が見えたそうです。
大昔の天体学者ドストラゴメスによると「月が太陽を覆い隠すこと777回目の年に、人類が滅亡する」と予言を遺しました。
その予言にあたる年は、今から150年ほど前だったらしいのですが、人類は滅亡していません。
けれどもその頃を境に、世界中で色が見えない子供ばかり生まれるようになったそうです。
当時は、環境汚染の影響か、某国の生物兵器か、はたまた未知のウィルスかと大騒ぎになったと記録に残っています。
結局原因は分からないまま。
教科書によると、社会はモノクロの世界に生きる新人類に合わせて変化を余儀なくされました。
法律、教育、行政、医療…。
見える人と見えない人が入り混じった過渡期は混沌の極みだったようです。
色で示していた様々な信号が意味を為さず。
新しいウィルスや病にも対応が困難に。それまで救えていた命が、救えない。
あちらこちらで新興宗教ができ、世界中のいたるところで内紛や戦争が起きました。
グラフを見ると150年前をピークに、世界の人口は右肩下がりに減少しています。
隕石が落ちたり、核の雨が降り注いだわけではないけれど、人類が滅亡に向かっているのは事実なのかもしれません。
「色」
それがどんなものなのか、今となっては死ぬ間際の人と、ごく一部の特殊な人にしかわかりません。
とにかく、とても美しいものなのだと伝わっています。
色が見える、イコール、死が迫っていることから、恐怖する人が多いけれど、中には、美しいという景色に憧れを抱く人も少なからずいます。
滅亡する運命にある人間に、死の瞬間が恐ろしくないように、神様がかけた情けなのかもしれません。
少なくとも彼は、長く焦がれて夢に見ていた景色を実際に見ることができて、幸せそうな最期を迎えることができました。
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