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「酒井さん、今度の査定どうっすか?」
そんな軽口で声を掛けてきたのは、例の田崎だ。
まだ27歳のこの男は人懐っこい性格で、上役たちにも受けがいい。
「査定ねぇ」
「なんすか、その余裕?さすが次期社長は違いますね」
「おい、やめろよ。俺が優遇されてるわけないだろ?その逆だよ、逆」
とは言うものの、それは建前だ。
この『酒井商事』は、ホテル業を軸に今や幅広く展開している。
義父の会社に勤めた当初は、実績を示さなくてはいけないと躍起になっていたが、俺はすぐに悟ったんだ。
頑張れば周りからやっかみを受け、頑張らなくても同じくらいやっかみを受け、結局のところ、何をしても『道楽者』という看板を背負わされてしまう。
それなら、頑張るだけムダじゃないか?
適当に力を抜くようになってから、気が楽になった。
こいつの言う通り、どうせ俺はいつか社長になるのだから…。
言わせたい奴らには、言わせておけばいい。
それでも厄介なのは、時折プライドが傷つくことだ。
そういう時は、もう一つの自分を追い求める。
つまり、不倫相手である春香を抱く。
不思議なことに、そうすれば苛立ちがおさまるどころか、相手の裏をかいたような気分になった。
恐らく不倫をすることで、俺は周りに復讐しているのだろう。
決して逆らえない義父や、無能だと俺を笑う奴らに。
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