三十分の救済

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 原因は彼にあり、仕事でミスすれば、すぐ嘘でごまかし、何か壁にぶち当たると、その責任を自分より新米に擦り付けた。  今では失敗の繰り返しが彼から良心を奪い、ゆがんだプライドが頭蓋の中で増殖し、『みんな俺の才能を妬んでやがる!』と、世間に殺意さえ抱いている。  彼は若夫婦の家族を皆殺しにした後は、老人が一人暮らししている家々を訪ね歩く気でいた。  もちろん、あらかじめ家族構成のチェックを怠っていない。入念に調べ上げている。  「きっとタンス預金してるに違いない!」満足そうに、クマに両手を眺めた。  「これで、ほっぺをぺチン! とすれば入れ歯が砕けるくらいでは済まんだろうな、頬は陥没だ。頭蓋に命中したら、確実に破裂してしまう」  で、隣人一家を皆殺しにしたのだが……。  はて、これはどうしたことか、数時間後、彼は自分の部屋で、せっせと両手のネジを回しているところだった。  壁時計を見れば、午後七時三十分。  完成の三十分前に時間が戻っている。  もちろん、まだ事件は起きていないのだから、彼には隣人を襲った記憶がない……。  彼の部屋のインターホンが鳴った。居留守を使おうと思ったが、あいにく部屋の明かりが廊下に面した窓に漏れている。巻川は不愉快そうに鼻を鳴らしながら立ち上がった。  「くそ、誰だよ、こんな時間に!」  ドアを開ける前に、怒鳴ったら、「すみません、カモメ便です、お荷物をお届けに上がりました」  と、玄関のドアの外から、声がする。  若い女の子だ。  「なんだ、女か!」と、彼は口をゆがめた。  その表情とは裏腹に、若干、緊張がほぐれたのが分かった。  実は小心者なのだ。  (きっと、またオフクロが何か送ってきたんだろう)  そう、思って、ドアを開けたら、女ではなく、見知らぬ男が立っていた。  「あっ?」  戸惑う間もなく、そいつにアッパーカットでぶん殴られて、巻川は目を回した。  その後ろで、機動隊のジュラルミンの盾が並んでいた。  見知らぬ男は不気味にも女の子の声で、「感謝しな! その着ぐるみには不具合があって、中に入ったら勝手にロックがかかって脱げなくなるのよ、あんた猟友会に撃ち殺される運命だったの!」と、巻川を怒鳴った。  巻川は三和土で寝そべりながら、「なんで、なんで、なんでぇ~」とベソをかきだした。  (な、なんてことだ、始める前からバレていたなんて、こんなバカな! なんで何をしてもダメなんだぁ~!)  先ほどまでは、山の王者クマのように何でもできると胸を膨らませていたのに、今では絶望感で胸は萎んだ風船のようになり、立ち上がる気力さえ萎えていた。  ゴンタロウの中で十六歳の少女が舌打ちした。  「ウジウジしやがって、この負け犬野郎!」  巻川は彼女が最も嫌悪するタイプの犯罪者だったからだ。  二見恵子は最高で二十四時間だけ時間を巻き戻す超能力者だ。その相棒のゴンタロウは戦闘用アンドロイドだが、ロボット三原則を厳守するようにインプットされており、本来なら、凶悪犯でも人間には手出しできない。  だがパワードスーツの機能があり、人間をサポートするかたちなら犯罪者を捕らえることができる。彼は操縦者である景子に『それは言いすぎでは?』と、注意しようとしたが、やめることにした。なぜなら久々に二十四時間も時間を巻き戻したおかげで片頭痛に悩まされて、イライラしているからだ。  そんな彼女に注意するなど禁物だった。九十%の確率で、「やかましい! この電化製品!」と、怒鳴られるのがわかっているのだから……。                             了
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