見えないところの涙

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その母親の冷たい声が壊れたラジオのようにずっと繰り返し響いている。 私の大好きな母親。私の尊敬する母親で私を支えてくれた母親。そして私の味方でいてくれた母親。 思い返せば料理人を夢見たのも、子どもの私が初めて作った卵焼きを褒めてくれたからだった。『美味しいよ!! 天才だね‼』なんて焦げて黒に近い黄色の卵焼きを無理して食べた笑顔の母親は今思えば優しい嘘だったのだろうが、子どもの私は真に受けて料理人の夢を追った。 専門学校に行っていたときも、その日教わったことを母親に子どものように話して、料理を作って食べさせていた。 苦手な食べ物もあったようで時々あまり食べてくれない日もあった。それでも、いつも母親は笑顔で美味しいと言ってくれた。 青々とした葉っぱが嫌な害虫に蝕まれように、暖かい思い出が失われていく。 『もう関わりたくないわ』 気づけば冬の風に遊ばれ寂しく音を出す枯れ葉のように、あの声がこだましていた──。 大切なアルバムには数滴、私の涙が落ちている。 私はただそれを眺めるばかり。 一滴。また一滴。 寄せ書きの文字は滲んでいく。私の書いた夢が滲んでく。不思議なことに私の書いた寄せ書きだけに涙は落ちる。まるで神様が叶わぬ夢だと言放っているように。 ──その時、私はやっと理解した。 もう......この涙を拭ってくれる人はいないのだと──。
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