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始まりは馨しき香りと共に
「ついに始まるな」
「そうだね」
スラリとした長身の二人の男が、ピカピカに磨かれたお店の看板を見ながら、感慨深い表情を浮かべている。
朝にも関わらず、近くのお店を営む人達が、二人の門出を祝うように集まってくれた。
「いよいよオープンね。おめでとう」
隣で総菜屋を切り盛りしている女将さんが嬉しそうな顔で二人を見つめていた。
「色々とお力添え頂き、本当にありがとうございます」
「良いのよ。若い人がこの商店街を盛り上げてくれるのは嬉しい事だし。何より…。二人ともカッコいいじゃない! もう皆、メロメロよ」
頬に手を添えながら、少し強めに二人の肩を叩く女将さん。
すると、
「せっかくだし、お二人さん。写真でもどうだい」
真向いで定食屋を営んでいる大将が大きな声で話しかけて来た。
慣れないカメラを首から下げている。
「ありがとうございます。それじゃあ、一枚良いですか」
「…」
そんな中、もう一人の男は看板を見つめたままじっとしている。
「おーい、泰雅。戻ってこーい」
その声を聞き、泰雅はハッとし、視線を戻す。
「お、おう。ごめんごめん。つい、見入ってた」
それから二人は、看板を真ん中に置き、その両脇に並んで、大将のカメラのファインダーに視線を向ける。
さっと体裁を整える。
特に、店の名が刻まれたエプロンがちゃんと映る様に、画角を調整した。
「それじゃあ、撮るぞ!」
大将の元気な声が響いた時、急に泰雅が口を開いた。
「死ぬまでこの店を守って行こうな、零」
普段どこか抜けている所がある泰雅が、たまに見せる野性的な目と声。
彼の耳にしか届かない声。
ドクンと心臓が大きく脈打つ感覚に零は言葉を失う。
だが、すぐにフッと笑みを見せ、
「勿論だよ。とことんやってやろうじゃないか。逃げんじゃねーぞ?」
と、彼に負けない程の刺激的な視線をぶつけた。
その瞬間、二人の穏やかさの中に、野心を秘めた顔が写真に収められた。
(だが、その後、大将に表情が硬いと言われ、もう一枚、作り笑顔の写真を撮られる事になったのは、今思えば、良い想い出である)
それから二人は集まってくれた方々に、感謝の意を込めて、一輪の花を渡して行った。
弾ける程明るい、黄色の大きい花弁の花。
「綺麗な花…初めてみるわ」
「はい。その花は、この泰雅が交配して生まれたものなんですよ」
零は自慢そうにそう言ってみせた。
「名前は遭可憐。貴方と出逢えて嬉しいですと言う意味を込めてます」
泰雅は二ッと笑みを見せてそう話す。
近所の奥様は顔を赤らめながら、天を仰いだ。
「もうー。二人ともお洒落過ぎるわ。お花を買う時は二人に任せるわね」
「ありがとうございます。ぜひ、御贔屓に♪」
早速、お客様の獲得が出来たようである。
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